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私流エッセイの書き方


「どのようにして毎日のエッセイを書いているのか」という問い合わせを頻繁にいただきます。 自分の手の内を公開するようで恥ずかしいのですが、読者様にとって何かしらの助力 になればと思ってここに記します。

ただ、以下に述べることはあくまでも私の場合はこうである、ということをお断りしておきます。


目次  

  1. 題材に関して
    1. 書きたいことを書くのではないという意識
    2. いつも好奇心旺盛でいる
    3. 物事の裏を取る重要性
  2. 読者に関して
    1. すべての年齢層を意識する
    2. 読者に対して敬意をはらう
  3. 文章に関して
    1. 最初の3行にすべてを集中させる
    2. 複数の意味に解釈できる文章を書かない
    3. 読点を正しく打つ
    4. 事実と主観とを混同した書き方をしない
    5. 括弧を使った但し書きの多用を避ける
    6. 写真を多用しない
    7. 十分に推敲する
  4. タイ語に関して
    1. 必ずタイ語の綴りを確かめる
  5. 閲覧に関して
    1. 画面内でのレイアウトを意識する

   題材に関して

→書きたいことを書くのではないという意識

私は書きたいということと知らせたいということは別であると考えています。 書きたいと思ってもそれは自分だけの話に留めておきたいことは あえてエッセイの中で書きません。

逆に、言葉で表現するのが難しいことであっても、これだけは読者に知らせたいと いうことであれば多少は言葉を選ぶという手段を用いてでも文章にします。


→いつも好奇心旺盛でいる

私は、常にポケットの中にフィールドノートを入れて、常時それを持ち歩いています。

街を歩いている時だけでなく、乗り物に乗っている時やオフィスで仕事を している時であっても、自分が不思議に感じたこと、自分の価値観と比べてあまりにもかけ離れて いると感じたことなど、何か気にかかることがあったらすぐにその場でフィールドノートに走り書きします。

文字にして書き留めておかないと、後になってすぐに忘れてしまうからです。

さらには新聞やテレビのニュース番組にもできるだけ目を通します。新聞やニュースの中にはエッセイの題材となりうる 事件や考察がたくさんあり、私にとっての貴重な情報源となっています。

その日のテンションにもよりますが、一日あたり5件から10件程度の何かしらの発見があり、 その中の一つが毎日のエッセイの題材になっています。


→物事の裏を取る重要性

人から聞いただけという情報や、インターネットで読んだだけの情報をそのまま 読者に伝達するということはしません。なぜならば、仮にその情報が誤っていた場合に 読者の混乱を招きますし、読者からの質問攻めにあうからです。

あるいは自分で真実を知りえたように記述しても、
読者にはそれが嘘であることが必ずバレます

その事実に関して、自分で新聞で調べるなり、あるいはその情報に直接関係する 関係省庁や企業などに電話で問い合わせるなどの手段を用いて、 必ず裏を取ってからでなければエッセイに書きません。

もしも裏を取ることができない場合は、それについては一切述べない、または 「人から聞いた話だが」という断り書きを付けるというスタンスを取っています。


   読者に関して

→すべての年齢層を意識する

自分のエッセイを読んでくれているのは10代の若者かも知れませんし、 60歳代のご年配の方かもしれません。タイ語がある程度わかる方かも 知れませんし、そうでない方かも知れません。

それらのすべての方に共感を持っていただけるよう、すべての年齢層を意識して 題材を作るというのは非常に意味のあることだと思っています。


→読者に対して敬意を払う

読者に対して常に敬意をはらった書き方をするように心がけています。

数あるサイトの中から自分のエッセイをブックマークしていただいているわけですから、 読者に対しては常に敬意を払わなければならないと思っています。


   文章に関して

→最初の3行にすべてを集中させる

新聞と同じで、最初の3行でいかに多くの読者の興味を引き付けることができるかということを常に意識しています。

最近ではBlogを巡回するロボットもありますが、一般的にそれらの巡回ロボットが収集するのもエッセイやBlogの最初の数行程度です。

したがいまして、あえて文章の構成としての起承転結にこだわることなく、わざと結論を文頭に持ってくる書き方をすることもあります。


→複数の意味に解釈できる文章を書かない

主語と述語の関係がきちんと成り立っており、修飾語と被修飾語の関係が 明確であり、さらにはその文意が複数の意味を持たないような文章を書くことを 常に心がけています。

特に一つの文の中で主語と「述語に直接かかる目的語」との位置が離れすぎている場合は、 複数の文意が生じてしまう場合がありますので注意を要します。

ただし、散文調の文章で表現したい場合には、あえて意識的に 複数の意味に取れる文章を書くこともあります。


→読点を正しく打つ

読点「、」を適切に打たないと読者が混乱します。最悪の場合は文を誤って解釈されてしまいます。

読点の打ち方は非常に難しいと思っており、今でも試行錯誤の連続です。


→事実と主観とを混同した書き方をしない

客観的な事実は事実として、自分の主観は主観としてきっちりと明確に するようにしています。事実と主観とを混同させてしまうと、時として独りよがりな 文章になってしまいます。


→括弧を使った但し書きの多用を避ける

何らかの必要があって文中に但し書きを書きたいときに括弧( )を使って表現することが一般的です。 しかしながら、括弧を使うことによって文章の流れがそこでストップしてしまい、読者の文章読解の邪魔をするという弊害が生じてしまいます。

どうしても括弧を使いたい場合は、その括弧全体を文末に持ってくるか、または括弧を含む但し書き全体を 一つの段落として独立させています。


→写真を多用しない

エッセイの主眼を文章に置くか、それとも写真に置くかによって解釈に差異が出る 話だと思っていますが、私の場合は原則としてエッセイのページの中には 写真を置いていません。どうしても写真を置きたい場合は外部リンクを貼ります。

表示が遅くなるという物理的原因もさることながら、写真をページ内に置くことによって
文章の意味がボケてしまうと考えるからです。あるいは、読者が文章を読んでいる間に 写真の方に気を取られてしまって、自分が表現したいことのすべてが読者に 伝わらないという懸念があるからです。


→十分に推敲する

文章が出来上がったら、文章が持つ全体のリズムや語調を整えるために 最低でも5回は読み返すようにしています。

文の長さは適切であるか、一つのことを前と後ろとで二重に表現していないか、 文章全体が起承転結を持つスタイルになっているかなど、自分が書いた 文章の内容をまったく知らない読者の立場になって読み返して、必要に応じて 訂正します。

私の場合は、題材決定までに3割、文章作成が2割、推敲が5割の労力分割になります。


   タイ語に関して

→必ずタイ語の綴りを確かめる

エッセイ内でタイ語の固有名詞を日本語表記する場合、必ずタイ語での綴りを確かめてから記述しています。

完全にタイ語を日本語の音で表記するには無理がありますが、仮に読者がタイでその言葉を発音してタクシーの運転手などに 伝えた場合を想定して、極力原音に近い格好で表記できるように綴りを確認しています。

そして、必要に応じてタイ語を併記します。


   閲覧に関して

→画面内でのレイアウトを意識する

本来の、原稿用紙に記述する作文スタイルとは完全に異なりますが、画面上のテキストを文字で追うというスタイルから考慮して以下の点を意識しています。
  • 画面横サイズを1024ピクセル、文字サイズを「小」または「中」で想定した場合に、自分が意図しない改行が行われないように 1行内の文字数を調節する
  • 文意を同じくする文章群で一つの段落とさせ、一つの文章群の中ではベタ書き、段落と段落の間には1行の空白行を入れる
  • 何らかの原因により背景画像が表示されない場合であってもテキストが読めるように、背景色と文字色のバランスを考慮する


-以上です-

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