| HOME > 続・バンコクの日常(5) |
|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
|
| 続・バンコクの日常(1) |
|
| 続・バンコクの日常(2) |
|
| 続・バンコクの日常(3) |
|
| 続・バンコクの日常(4) |
|
| ■ 暮らしについての一考察 |
|
|
APECに関する世論 |
|
|
|
|
来月、仏暦2546年10月にここバンコクでAPECが開催されます。 タイ政府やバンコク都としてはこのAPECを成功させようと考えるのは当然のことでして、 スカイトレインの高架下にはそこら中にAPEC開催を市民に訴えかける看板が出ています。 今日、たまたまオフィス街であるシーロム通りを歩いていたらAPECについての市民意識調査に 答えてくださいという主旨でアンケートの回答を求められました。外国人である私にとって、 短い時間で答えるのが困難な厄介な質問でしたが、私はこう答えました。 ●APEC開催はタイにとってプラスだと思いますか、それともマイナスだと思いますか? 「5年前にバーツが大暴落して経済危機に陥ったあと、少しずつではあるが上昇曲線を描きながら 回復に向かっているタイの経済とはいえ、このAPEC開催によってその上昇度が急に上向くとは とても思えない。なぜなら、多少はバンコク地場産業の活性化にはなるものの決してその活性化が 恒久的なものではないからである。 過去のスカイトレインの開通、地下鉄工事着手の例を見てもわかるようにその場一時限りの 経済復興の要素が強い。」 ●APEC開催中に市内の道路で激しい渋滞が予想されますが、それについてどう思いますか? 「ある意味では仕方ないと思うが、それよりもむしろ普段からの渋滞緩和について具体的な解決案 が提示されていないのが問題である。APEC期間中に渋滞するのは当然であるし、その巻き添えを くうのが私たち一般市民である。」 ●屋台、路上の物売りの一掃についてはどう思いますか? 「バンコク市内の美化という単純な理由だとすれば、それにより職を失うタイ人のリスクの方が大きい。 さらには、市内を美化したからといってそれが本来のバンコクの姿ではないと思う。一時的にきれいな バンコクにするということは自ら偽善者を装うことだと考える。」 こんな感じで全部で10個ほどの質問がありました。 質問に答えているときはさすが大都会バンコクを感じますが、逆に私の住む家の近くではそんなこと 関係ないというように、いつもとおりのタイ人の生活が息づいています。 |
|
|
|
|
駐妻生態調査 |
|
|
|
|
ある日系の情報雑誌に日本人駐在員家庭の実態調査という意味で「駐妻生態調査」と題する記事が
掲載されていました。(Web 303号 2003.10.1発行) 私は今の生活の中で日本人のとの付き合いがほぼ全くと言っていいほどありませんので、私にとっては すべてが新鮮な内容に映りここで少しその記事を紹介したいと思います。 ▼1か月に自由に使えるお金は?(娯楽費などの意)
▼1か月の家賃
▼屋台でご飯を食べたことがあるか?
▼オススメのレストランは?
そもそも、レストランで食べるんだったら屋台で高いものを3回食べた方がいいと考えてしまう。 ▼ストレス解消法は?
▼タイ人の友達はいる?
私の場合、好きでタイに来ているわけですので決して駐在員のように贅沢すぎる暮らしができるとは 言えませんが、その分お金では決して買えることのできないタイの暮らしに浸っているといえます。 学校も今日で最後、全くのタイ語の読み書きができない状態から始めて約2年、 チュラーロングコーン大学の政治社会学部で使っている現代社会学のテキストを読み終えたところで 全授業を修了しました。 と書くところですが授業料免除であと延べ10日間の間授業を受けられることになりましたので タイの仏教であるテラワーダ仏教のことを少し勉強しようと思い、今日の夕方にその本を買ってきました。 昨日、ある日系の会社に面接に行きその結果がわかるまでに1月かかります。 |
|
|
|
|
道路上の景観 |
|
|
|
|
あと1週間でバンコクにてAPECが開催されるということから、街の景観を保つために以前から
野良犬をタイ東部地域に連れて行ったり、浮浪者(ホームレス)や路上の子供の物売りを田舎の方に
連れて行ったり、または爆発物を仕掛けられる可能性があるという懸念から道路上のゴミ箱が撤去されたりというように
タイの首相であるタクシン氏の指揮の元でさまざまな政策がとられてきました。 生を慈しむという仏教の教えから、たとえ野良犬であっても捕獲して殺してしまうということは絶対にせずに あくまでもバンコクから遠く離れたところに連行されるだけです。 その成果といえるのかどうかわかりませんが、街を歩いていると確かに野良犬の数が少なくなって 渋滞している車の間を縫うようにして花輪を売り歩いている幼い子供の数も少なくなったように思います。 それをきれいな街だと解釈するか、あるいは無味乾燥な街だと解釈するか最近になってタイ人の間でも 意見のくい違いがあるようです。私にとってもこれは全くタイ人と同じように感じられることであり、 確かにきれいになった一面はあるもののどこか味気ない、場所によっては街の匂いが感じられなくなったとも 思っています。 例えば、チュラコングコーン大学病院の前のラーチャダムリ通り。以前は、この病院の正門前には朝早くから 歩道にびっしりの屋台が店開きしていて、外来で病院に来る患者が通りに並べられた椅子に座って 朝ご飯を食べている姿が見受けられたのですが、今は屋台が一軒もなくなってしまいどことなくよそよそしい 風景に映ってしまいます。 APECの開催にあたって、今のタイの高度経済成長に急激な弾みがつくとも思えませんし、 その事前政策によってあまりお金持ちではないタイ人の一部の人から職を取り上げてしまっているというのも 事実です。 さらにAPECによって街の渋滞は最悪のものになるだろうと思います。 私個人としてはAPECが早く終わってほしいと願っています。 |
|
|
|
|
APECの詳細 |
|
|
|
|
昨日の記事と一部重複しますが、APEC開催にあたって私が思っていたよりも大規模な交通規制が
行われるようで、妻の話では市内を走るバスとタクシーの台数も大幅に制限されるようです。 仏暦2546年10月10日付の Newsclip にAPECの詳細が記載されていますのでここに記しておきます。 <以下引用> ▼APECで使用されるホテル16館
上記に記したホテルは、ほとんどがスクムウィット地区とシーロム地区、そしてチャーォ プラヤー河沿いに 位置していますので、市内中心部はもう警備だらけになりそうな雰囲気です。 最近は街にいる警官の数も多く、外出のときはちゃんと身分証明書代わりのパスポートを 持ち歩いたほうがいいのかなぁなどとも思っています。 (本当は携帯の義務がある) 間もなく、今のビザの有効期限が切れてしまいますので、交通の不便から脱出するために この期間中にどこか隣接する国にビザの書換えに行ってもいいんですけどね。 |
|
|
|
|
市民生活に影響 |
|
|
|
|
APEC開催による交通規制で市民生活に影響が出ています。 官公庁がすべて休みになり、バンコク市民のいくらかが田舎に帰って車が少ないとはいえ、 周辺部まで含めると約1000万人の人口を抱える大都市バンコクです。 今日の昼前、学校に行こうと伊勢丹の前でバスを待っていましたが30分経っても私が乗りたい路線の バスは一台も来ません。普段なら遅くとも15分待てば必ず1台は来るのに今日は全然来ないのです。 「バスが来ないから今日は学校に行けません。」と電話しようかなぁとも考えましたが、じゃ、プラトゥーナームの 船着場から船で行こうと思い船着場まで歩いて行きました。 そしたら、今度は船が運航していないのです。 運河上からのテロを恐れているのかどうかそこまで詳しいことはわかりませんが、いつもは人で あふれ返っている船着場には誰もいなく、いるのは暇そうに寝転がっている野良犬だけです。 しかたなくバス停まで戻っていく最中にサムローング行きの2番のバスが来たので走っていって飛び乗りました。 そうしたら何ということか、たった今しがた警察がスクムウィット通りを閉鎖したからペッブリー通りに迂回します、 などということを車掌が大声で叫んでいます。 あのね、ボクが行く学校はペッブリーじゃなくって本来のバスのコースであるスクムウィットにあるの、わかった? と車掌に言ったところで、車掌ですらどこで本来のスクムウィット通りに戻れるのかわかりません。 すべては警察の気分次第なのです。 これはタイ人にとっても同じようにこまったことでして、どうしていいかわからないタイ人がそそくさと 交差点のど真ん中でバスを降りて行きました。 結局、今日は過去最高の1時間半の遅刻です。家に帰ってきたらくたくたに疲れてしまいました。 APECがあってもその恩恵を被るのは一部の金持ちだけであり、私たち普通の庶民は迷惑を被るだけです。 |
|
|
|
|
タイ政府の媚(こび) |
|
|
|
|
私だけでなく多くのタイ人がそうであるように、APECでどんなことが議題に上がりどんな話し合いを
しているんだろうと多少の興味も手伝ってテレビをつけています。 ところがタイで放送されているAPEC関係の報道番組がことごとく英語で放送されているのに 驚きます。 それは何も議場の話し合いの場面のことではなく、アナウンサーが概要を読み上げるときだとか 討議の解説をしているときですら英語であるという意味です。 一般にタイ人は英語を解しません。会社勤めしているタイ人や繁華街にある店で物売りしている タイ人は多少なりとも英語がわかりますが、それはほんの一握りであるにしか過ぎず、テレビの英語ニュースを 見て理解できる人はさらにそれよりも少ないでしょう。 では、なぜ英語で放送されているのか──それを考えたとき、まさしく一般のタイ人向けに放送しているのでは ないという推論が成り立ちます。タイに在住している外国人のためであり、または英語を使って仕事できるほどの 裕福なタイ人向けだということであり、その事実から考えるとタイの一般庶民は蚊帳の外に置かれていると いうことができます。 つまり、英語を解する在住外国人(または各国首脳)のために「タイ語ではなく英語の放送にしています」と いう放送局側の姿勢が手にとるようにわかり、私はこのような「タイ政府が欧米諸国に媚を売る」という態度が 昔から大嫌いです。 (タイではテレビ放送番組のすべてがタイ政府の管轄下に置かれています) ここはタイなんだから、一般庶民のためにもタイ語で放送するべきです。 タクシン首相の政策には私もうなづけるところが多く、彼は卓越した政治家だと思っていますが 時にこのように非常に不愉快なことをしてくれます。 |
|
|
|
|
バンコクに人がいない |
|
|
|
|
昨日から今日までの2日間、シリキット・コンベンションセンターにてAPECでの最高会議が開かれており
その関係であちこちが通行止めになっていて、バスの運行本数が極端に少なくて、さらに
本来のルートとは違ったルートを走っていますので、バスに乗るときにいちいち「○○は通りますか?」と
聞かなければならず不便この上ない日が続いています。 さらに運転手や車掌にしても、いったいいつ通行止めが解除されるのかわからないのが実情のようで 詳しいことを答えることができません。 つまりは警察の心情ひとつという意味です。 そんなわけで、バンコク市内には驚くほど人がいません。私が経験する限り、例えばタイ正月である ソングクラーンの日ですらもっと人がいます。 普段の日を10と仮定すると、おそらく3程度の人しか通りを歩いていません。店も商売にならず、 靴屋の店員をしている妻の妹も「人が全然いなくて仕事にならないから、今日は店は休み」と ぼやきながら妻と一緒に私の家でテレビを見ています。 おかげで予想に反して道路は渋滞していませんが、これだけ人がいずに屋台がないと、 あたかも日本にいるような錯覚すら感じたりしています。 |
|
|
|
|
タイ人の給与 |
|
|
|
|
私の会社は、タイ人から見れば外資系の会社ということになり、会社の女の子の話では
外資系の中では待遇面において比較的恵まれているということになっているそうです。 端的に言ってしまえば給与がそれなりにいい、ということになるのかと思って調べてみると タイ人大卒の女の子のの給与は平均よりは少しいい程度、金額にすれば1万バーツそこそこです。 じゃあ、その分少しでも裕福な生活ができるかというと必ずしもそうではなく、 私の隣の席の女の子は毎日30キロの家からの道のりを2時間かけて通ってきます。 渋滞してたら3時間かかっちゃうから、定時で帰っても家に着くのは8時過ぎなんだよぉ── と話すその子は、1万バーツ少々のお金ではとても都心にある通勤に便利な場所には引っ越して くることができないと何かことある毎に語ってくれます。 実際のところ1万バーツ少々の金額から家族に数千バーツの仕送りをし、自分の家賃を払って 毎日の食費を引き算すれば残るのはほんのわずかなお金でしかありません。たまには服を 買ったりもするでしょうから、ウチの会社が外資系であり、いくら平均よりも恵まれていようとも タイ人にとっては厳しい現実であると言わざるを得ません。 それに比べたら私の待遇は天と地ほどの差があり、最近では日本人と言われるだけで エリート扱いされることに抵抗すら感じています。私は、決してエリートとして扱われたいがために タイ語を勉強してきたのではなく、タイ人の心の琴線に触れるべくしゃにむになって勉強してきました。 人よりも多少コンピュータの知識があると言えども、私自身の心の中ではいつも日本人としてではなく タイ人としてのものの考え方をしているつもりです。 |
|
|
|
|
海外安全情報の信憑性 |
|
|
|
|
海外安全情報のタイのページによると、バンコク市内のタクシーの事件のことが
記載されています。 バンコクを走るタクシーは大きく大別すると法人タクシーと個人タクシーに分類され、事件が起こった いずれの場合も被害者は個人タクシーを利用していました。それが偶然なのかどうかわかりませんが その記事によると >>現地へ渡航・滞在される方は、特に個人タクシーを利用される場合は十分にご注意下さい。 となっています。 個人タクシーとは一言で言うと自分の所有する営業車でタクシー稼業をすることであり、法人タクシーとは 会社が所有する車を1日あたりいくらという価格で借り受け(900バーツらしい)るタクシー稼業のことです。 ですので、いくら法人タクシーと言えども日本のような会社員としての意識は全くないのが普通です。 それよりもむしろ、会社に対しての賃貸料の支払いをしないといけないということから、 例えば昼夜ぶっ通しで仕事をするために覚醒剤や麻薬に手を出している運転手がいる確率が多いとか、 私的に考えると別に個人であろうと法人であろうと、どちらが危ないということではないと思えます。 さらに。 >>タクシーに乗車した際は、運転手の氏名等を車内掲示(通常、助手席側ダ >>ッシュボックスの上)の身分証明書から確認する、車輌ナンバーを少なくと >>も4桁の数字だけでも覚えるようにする とありますが、身分証明書はタイ語で書かれています。これも記事を読んだ限りでは私が納得できない 個所でした。 確認するではなくって、何か問題が起こったときのためにデジカメで撮影するようにする (そしてそれを警察に持ち込みましょう。)などとすれば適切な表現になると思うのですが。 |
|
|
|
|
タイ南部に戒厳令 |
|
|
|
|
最近、タイ南部の治安が極めて悪化しており南部3県、ナーラーティワート県、パッタニー県、
ヤラー県に対して夜間の外出禁止令、つまり戒厳令が発令されています。 20箇所の学校への放火、陸軍駐屯地への襲撃と兵士の4人の兵士の死亡、武装庫から 100丁の拳銃が盗まれたこと、時限爆弾の爆発による警官の死亡。再発防止、ならびに 警備の為に道路では意たるところで検問が儲けられ、車のみならず歩いている人に対しても 身分証明書の提示を求められます。 タイ南部地方は昔からイスラム教徒とタイ政府との対立が慢性化した問題と なっている地域であり、更には南部の1県であるナコンシータンマラート県はタイで最もやくざが 多い県です。 今回の戒厳令に発令に至ったいきさつにおいても、村の人は誰が主導者であるのか――それが すでにわかっているらしいのですが、復讐を恐れるあまり真実が何一つ公開されていません。 タイ警察の手腕が問われるところであり、暴動の主導者が判明しない限りこの戒厳令発令は もう少し続きそうです。 実際、この戒厳令により住民の生活にも支障をきたしており、窓をぴったりと閉めないといけない ことにより暑さで夜寝れないですとか、夜ちょっとした用事で家を出る際にもそこら中に警官や 兵士がいて威圧感を感じるですとか。 今日はタイでは子供の日にあたり、あちこちで国の宝である子供を称える行事が行われて おりますが、唯一このタイ南部の3県ではその行事も規模を縮小して行われた、または中止された もようです。 日本国外務省の海外渡航危険情報にもタイ南部のことが記述されていると推測でき、 タイ人の間においても特に急ぎの用がない限り、タイ南部に行くことは極めて危険だと言われています。 なお、プーケットやクラビーと言ったタイ南部の観光地は、戒厳令が発令されている県とは250キロ 以上離れているものの、やはりそれなりに少なからず影響を受けている地域だと思いますので うーん――もしも私でしたら行くのを延期します。 学校の先生に聞いてみたら、「プーケット?パス、パス。だって危ないもん。」と話していました。 具体的根拠がないのでこれ以上突っ込んだことは言えないものの、やはりそうなのかなぁとも 思っています。 |
|
|
|
|
鳥インフルエンザ |
|
|
|
|
日本では今、鳥のインフルエンザのニュースばかりだと言う話を聞きました。 当地タイでそれがどのように世間を席巻しているかと言います、それが全然話に上らないと 言ってもいいほどにタイ人はそのことに無関心です。 今は中国正月ですので、そのお供え物の中に鶏肉がなかったりはするものの、それはインフルエンザが 怖いからというよりもむしろ鶏肉の価格が高騰しているからだと思っています。 昨日のニュースでは、タクシン首相が昼食の場で鶏肉をほおばっている様子が映し出され、首相自ら 鳥のインフルエンザ問題を払拭しようとしていました。小学校の学芸会のような番組だと思いながら 遠めに見ていましたが。 さらには一般のタイ人の間でも、例えばスパンブリ県(だったと思う)で子供が取りインフルエンザらしき病気に かかり、その検査の結果が出るまでに数日かかるなどという話をしながら、焼き鳥屋台の前で どのレバーが大きいかを必死になって見定めしているというような感じで、どこか話しに重みがないのです。 世間の風潮にはほとんど動じなく、自分に直接火の粉が降りかかってこないことについては全く無関心な タイ人気質そのままだと思っています。 私の周りのタイ人がそんなふうですので、私もあんまりこの鳥インフルエンザには注意を払ってことの 成り行きを見ているという訳ではなく、何かそんなようなことを言ってるなぁ程度のことしか知らず 仮にもっと詳細を知ろうと思ってもマスコミ事体がこの問題について触れませんので知るすべがないと 言った方が正解に近いです。 (逆にいえば、タイのマスコミが何かを隠蔽しているとも取れるのだが、この場ではそれは考えない。) いずれにしても、タイは今日も暑い日が続いており人々は今日の日銭を稼ぐために汗水流して 働いています。 なお、最新の情報によればタイ政府はカンボジアからの鶏肉の輸入を一時的に禁止したもようです。 |
|
|
|
|
鳥インフルエンザのその後 |
|
|
|
|
夜、会社帰りにプラトゥーナームの有名なカァオマンカイ屋(蒸鶏のせご飯屋)の前を通りかかりました。 バンコク市内でもこの店は特に有名な店で、夕方のこの時間であれば空いているテーブルなどひとつも ないくらいに繁盛しているのが普通なのですが、今日はその反対に店員が暇そうにテーブルに座っており お客は誰もいませんでした。この店のこんな状態を見るのは初めてです。 日本の父からのメールによるとバンコク市内でもこのウィルスが見つかったとか。自分がその ニュースを見聞きしたわけではありませんので、ここではそれに触れることはしませんが、私が一番わからないのは なぜこれほどの一瞬の間に、タイだけでなく東南アジアにあたかも打ち合わせしたかのようにこの鳥インフルエンザが 流行っているのかということです。 つまり、鶏は列車やバスに乗って遠くに行けるわけではありませんので、たまたま最初の一羽が感染していると わかった段階で、タイ国内のみならずあちこちで検査してみたら、そこでも感染していた――言い換えれば 鳥インフルエンザは今に始まったことではなく、かなり前から存在していたのではないか、まだその段階では 感染力が弱いものであったにせよ、そうでなければ理屈が通らないように私には思えます。 あるいは、もしそうでないと仮定するとよほど感染力の強いウイルスだと言うことができます。 バンコクでは市民生活には一切影響はでていませんが、国民が鶏肉を買い控えるようになりましたので 冒頭でも述べましたように鶏肉を扱っている飯屋が商売にならないですとか、鶏肉の価格が崩れているですとか。 そういう経済上の問題が発生しています。 また、ドゥシット動物園(カーォ・ディン)、チェンマイ動物園などの国内5つの動物園では鳥獣舎の遊覧を 一時的に閉鎖しました。さらに、タイスキレストランのコカでは、スープのダシをチキンから豚に替えたそうです。 SARSといい、今回の鳥インフルエンザといい、最近はよくない病気が流行している東南アジアです。 |
|
|
|
|
街から鶏肉が消えた |
|
|
|
|
私の家の近くの屋台、そして市場でも鶏肉を扱う店は一軒もなくなりました。 私がおやつ代わりに好んで買う鶏肉の串焼きも姿を消してしまい、街が少し寂しくなった気が しないでもありません。そのうちに卵の値段も高騰しだすんじゃないかと思っており、今はぶっかけ飯の上に オプションで乗せてもらう星タマゴ(タイ語でカイ・ダーゥ)がもしかしたら10バーツ程度にまで値上げになって しまうんじゃないかと冗談ぬきで心配しています。 (なお、普段はMサイズの生卵12個で約20バーツというのがタイでの相場です) それはさておき。 毎週土曜日と日曜日に開催されているウイークエンド・マーケットでも、ペットや闘鶏用としての生きた 鶏を扱う店の営業について今朝のタイ語のニュースで報道していました。 それによると、生きた鳥類を扱う店に関しては事前に政府の許可がいる、その許可がなければ 営業することができないなどとなっているようで、じゃ、その明日までに許可をもらうためにはどうすれば いいのか、などということを語っていました。 このウイークエンド・マーケットとは、市内チャトゥチャック区内で開かれる週末だけの巨大市場のことでして 一説によると1日の来客数が20万とも30万とも言われるほどの超巨大マーケットです。 その中に小鳥や闘鶏鳥を扱っている店が群れをなしているコーナーがあり、そこにはいつも暇な男が 群がっているのが日常茶飯事になっています。 私も結構動物が好きな方ですので、この政府の方針により、しばらくの間はその見慣れた光景が 見れなくなってしまうのが残念でもあります。はたして、その闘鶏鳥がいくらするのかわかりませんが 私も時間がある時はジュースを片手に、暇な男に混ざってそれらの鳥を見るのが好きなのです。 そういえばタイ国際航空も機内食のメニューから鶏肉料理をはずすということになったもようです。 |
|
|
|
|
日本人学校 |
|
|
|
|
会社の用事で――正確に言えば今度1年生になる日本人駐在員と一緒に入学説明会を聞きに
市内東部バーングカピ近くにある日本人学校に行きました。 私はそれを聞いたところで何の役にもたたないのですが、日本人駐在員ひとりだけですと学校まで 問題なく行き着けるかどうか不安でしたので私も一緒に付いていった訳です。 ここの学校は、その正式名称を泰日協会学校と呼称し、私立学校ということになっています。 生徒数は全校で2000人余り、児童生徒のほとんどは駐在員家庭の子供だそうです。 こんなことを書くとますます私には縁のない存在に感じられてきて、実際今日の説明会では 駐在員夫人のきぃきぃした声ばかりが耳に飛び込んできて、私にとってはきわめて落ち着かない 場所でした。 質問者「学校の送り迎えのバスが遅れたら、どうすればいいのですか?」 回答者「委託契約しているバス会社、または学校の○○さんに電話で問い合わせてください」 (あたりまえでしょ、そんなこと!) 質問者「そのとき、何と言って問い合わせすればいいんでしょうか?日本語は通じますか?」 回答者「冊子の巻末に例としてのタイ語が書いてありますので、そちらを読んでください。」 質問者「え〜!日本語通じないんですかぁ?」 (ここは、タイです!) すべてがこの調子です。 自分のことは何でも自分で片付ける、言い換えればそれがタイに住むにあたっての私にとっての 常識がここでは常識となっておらず、それがいっそう私の違和感を引き立たせました。 日本人社会ってこんなものなのかと驚くと同時に、バンコクの中のつかの間の日本人社会を感じました。 なお、この日本人学校は両親のいずれかが日本人であれば入学資格があります。 タイでは、20歳に満たない子は親の国籍を両方持つことができます。つまり、日本人とタイ人との 間にできた子供はタイ人であると同時に日本人であるということです。 成人になった時点で、子供の意思によりどちらかの国籍を選択するという決まりになっています。 |
|
|
|
|
売り手市場のアパート相場 |
|
|
|
|
私の家の近くの話ではなく、駐在員が多く居住しているスクムウィット地区の話です。 一般に日本人駐在員は暗黙の了解、またはそれ以外の地域にすむと日本人から仲間はずれにされるという 私から見れば何とも理解できない理由から、その多くはスクムウィット地区に住んでいます。 ここのアパートの供給数が足らず、さらには日本経済の景気の下降により景気のいいタイに進出してくる 企業が多いようで完全に売り手市場になっています。 平均的な家族――大人2人、子供2人が住む3LDKのアパートの場合、もちろん場所にもよりますが 平均的には45000バーツ以上です(12万円以上)。スーパーの近くですとか、比較的表通りに近い、築後そんなに 時間が経過していないという理由が加わればさらに5000バーツアップなどとなるようです。 貸し手である大家の方もこのあたりの事情に精通しており、やってきたばかりの駐在員が英語または タイ語で意思疎通できないことを逆手に取り、値引きにはあまり応じてくれません。 同行している日系不動産屋の社長も最終的には大家の味方です。 (そもそも、やってきたばかりの人が相場をわかっていないことが問題である) ここがダメならもう1軒という根気もなく、とりあえず早く家を見つけて安心したいという借り手の感情を 恐ろしいまでに知っている百戦錬磨の大家です。あるいは、日本人だから高いということも十分にありえます。 一般に日本人駐在員がアパートを選ぶ根拠は次の通りです。
|
|
|
|
|
バスの営業許可番号 |
|
|
|
|
あまりのバスの傍若無人ぶりや運転態度に業を煮やしたのでしょうか、とうとうそれをそれを統括している
バンコク市交通局が市バスの全車両に対して、バス前面の運転席上部にバスの営業許可葉業、バスの号車を
掲示することを義務付けたようで、最近バスに乗っているとそれを示す黄色い紙をよく目にします。 さらにミニバスを除いては運転手の顔写真と運転手の営業許可番号を併せて掲示しており、 もしも何か乗客にとって不都合なことがあったらこの紙に書かれている内容を控えておいて訴えてください、 というのが目的のようです。 ですが実際のところはバスの運転手は神様であり、私の今までの経験から言うならばこの紙があったところで 運転の荒さは相変わらず、そもそもバスとはそういうものだと思っている私にとってはあんまり意味がないように 思えます。 (ただ、今回のこの指導は私営のバスにもちゃんと行き届いているようで、そのところだけは評価できると思う。) そんなことを考えていると、早い話が先進国の真似をしたいだけなんじゃないかとも考えることができます。 今迄のバンコクの街の交通機関は、タクシーといいトゥクトゥクといいどれもきちんと営業許可証が表示されていました。 ところがどういう訳か肝心のバスだけはその表示がなかったのです。考えてみるとおかしなことでして、 それを補う意味で、さらには営業許可番号を掲示したほうが何となく先進国っぽくてかっこいいという、そんな憶測が 私の頭の中をよぎります。 余談ですが、バンコクのバスを統括するバンコク大量輸送公社はISO9001を取得しています。 ところが、タイ人の誰もが「金で買ったに決まってる」と異口同音に言っており、それから考えると 私の推測もあなが違ってはいないんじゃないかと思っています。 いずれにしても、この営業許可番号の掲示により少しだけバンコクのバスが先進国っぽく―― なっていません。 |
|
|
|
|
バンコクでの日本人の求人 |
|
|
|
|
ちょっとした偶然から、バンコク市内のリクルート会社の営業マン(タイ人)と話をする機会がありました。 以前に私がバンコク市内で仕事に就いた時も、同じくリクルート会社を経由しての仕事探しでしたので その頃の自分を思い出しながら彼の話を聞いていました。 それによると。 日本での新卒採用が少なく求職者にとっては就職難であることから、日本の大学を出てすぐにバンコクに来て それなりにタイ語を覚えて仕事探しをする人が、ここ1年くらいに間にかなり増えたということです。たしかに タイはサバーイな国ですからバンコクで仕事探しをするのも悪くはないと思いますが。 しかし、いくら語学ができたところで社会経験が無に等しい状態ではバンコクの日系企業では絶対に仕事に 就くことができません。このことは断言してもいいと思っています。バンコクの企業が日本人を採る目的は、 語学ができて社会常識があり、さらにはフィールドでの即戦力を期待してのことであり、知識や経験が何もない 日本人に対して手取り足取り悠長に教えてくれるところではないのです。 別に日系企業に限らず、タイ資本の企業であっても同様です。タイまたは日本以外の外国資本の場合はさらに 条件が厳しく、○○でのフィールド経験が○年以上あること、という条件をしっかりと募集の要項に謳っています。 私が目にする限り語学だけできればいいですよ、というのは一件もありません。 彼曰く、最近はそのような社会経験がまったくない日本人が求職にやってきて、そういう人に対しては紹介できる 仕事が何もない、いったいどうしてアジアの先進国たる日本人がそのことにまで考えが及ばないのか?という彼の 質問に対して私は答えを見つけることができませんでした。 今のタイは日本以上に抜群に景気がよく求人誌も時を追うごとにだんだんと分厚くなっています。 その事実が示すように仕事の口も広く門戸を開放している状態でありますが、どうも最近の日本人が そのことを勘違いしてしまっているような気がしてなりません。 |
|
|
|
|
タイの社会保険 |
|
|
|
|
私は日本の健康保険には入っていませんが、その代わりにタイ国内での健康保険に入っています。 タイの健康保険には誰もが強制的に入らなければならない強制保険と、会社または個人が自由に 加入することのできる任意保険に分類することができます。 強制保険とは、毎月の給与のうち5%にあたる金額を掛け金とするタイ国が運営する保険のことで、 政府が指定する病院を3つまで選ぶことができ、その3つの病院であれば保険給付は通院一日あたりいくら というように最大限度額が決められた上で恩恵が受けられる保険です。 それに対して任意保険の方は、保険会社が指定する病院であれば場所を問わずにどこでも受診することができ、 政府が主宰する強制保険よりも多額の給付金があります。ウチの会社の場合は、その掛け金は全額会社で 負担してもらっていますが、タイの多くの会社では自分で負担しているようです。 ただ任意保険の場合は、受診できる診療科が歯科以外と定められているのが普通でして、つまりは 歯科治療にかかった医療費は全額自分で負担しなければなりません。例外的に歯科でもOKという 保険があるみたいですが、それはむしろ例外的だと言っていいと思います。 保険会社が指定する病院には国立病院だけでなく私立病院も含まれており、それなりの医療水準の 医療を受けることができます。しかし、日本語の通訳が常駐しているほどの超高級病院は保険会社の 指定する病院には含まれていませんので、やはりそこは英語かタイ語での受診になります。 日本人の多くは、海外旅行障害保険に入っていますのでタイの社会保険を使う機会はまったくと言っていいほど ありません。 医科、歯科を問わず好きな病院にかかっていますが、私としてはその高額な掛け金に対するその見返りとして、 それだけの価値があるのかなぁとも疑問に思えることもあります。 少なくとも今の段階では私はタイの社会保険で必要十分のような気がします。 なお、日本の健康保険(国民健康保険)に入っていませんので、日本滞在中に医者にかかったら、 それは全額自己負担になります。当然のことならがそれはすべて自己責任です。 |
|
|
|
|
タイ南部での銃撃戦 |
|
|
|
|
昨日2004年4月28日午前5時、治安が悪化しているタイ南部にて銃撃戦が発生し、昨夜はずっと
そのニュースばかり見ていました。 さすがタイだと思われるのは道端で死んでいる人の姿や、そのあたりに散乱している銃やナイフに関して 警察官が調べているのが画面一杯に映し出され、見ている側に非常に臨場感を与えます。 今朝のクルングテープ・トゥラキット誌が伝えるところによると、イスラム過激派がタイの警察関連施設を 同時襲撃したとされており、死亡者数についてはパッタニー県で46人、ヤラー県で42人、ソングクラー県で 19人、そして軍と警察関係者が5人となっています。 海外安全情報ではその理由については一切述べられていませんが、私が推測するに タイ南部に住むイスラム過激派集団がタイ中央政権であるタクシン政策を受け入れておらず、 さらには前々からのタイ南部県の独立問題等も絡めた上でのこのような事態になったのではと思っています。 以前からタイ南部はタイ中央勢力とイスラム勢力との争いが絶えず、とうとうこのようなことになってしまいました。 ただ、当地バンコクでは南部の治安悪化問題とは別にまったくいつもの平静な暮らしが営まわれており、 バンコクにいる限り今回の南部の問題は微塵ほども感じられません。もっとも、自分の安全は自分で守るという 鉄則を絶対に忘れてはいけないのですが。 私も、以前はビザの書き換えのために何度も列車に乗ってタイ最南部の県に行ったことがあります。 マレーシアに通ずる列車の線路脇にはゴムの木がたくさん植えられており、独特の雰囲気を醸し出していたのを 覚えています。 早く前のように安泰なタイに戻って欲しいと思っています。 |
|
|
|
|
何にも属さないということ |
|
|
|
|
ある日本語の本を読んでいて次の言葉が目にとまりました。 「在タイ日本大使館に在留届を出して、バンコク日本人会に入会することにより初めてバンコクで 一人の日本人として認められる。」 たまたま昨日もそんなようなことをこのエッセイに書いたところでしたので、その偶然さにも少なからず 驚いたのですが、私にはどうしても理解できないことです。 いったいどういう理由により、わが同胞はこれほどまでに群れることが好きなのか、言い換えるならば 集団の中に身をおいていないと安心できないのか、考えてみるにそれは日本の社会体系にその 一因があるように思います。 例えば、家庭で言えば町内会や自治会、卒業した学校の同窓会、有志による○○サークル、 ○○の会などなど誰でも少なからず2つや3つは何かしらの集団に属している(または属することを 余儀なくされている)社会の中で、知らず知らずのうちに集団心理に支配されてしまっていると 私は思います。それは時に自分に利益をもたらしてくれるものでもあるでしょうが、周りのタイ人を 見ていると必ずしも集団に属することがすべてではないとも思えるのです。 私は今、バンコクで何にも属していません。もっとも日本大使館に在留届は提出していますが 日本人会には入っていません。先の言葉でいえば私は一人の日本人として認められていないことに なります。 |
|
|
|
|
バック・トゥ・スクール |
|
|
|
|
英語で書くとBack To Schoolになります。ソングクラーンをはさんだ長い夏休みが終るこの時期、
小学生から大学生までが新学期のために学校に戻っていくことをもじって、この言葉を書いた看板を
よく目にします。 日本人の多くが通う日本人学校の場合は、タイの一般の学校よりも少し新学期が早く到来し 4月20日頃から授業が始まります。(その代わり、日本と同じ3学期制です。タイは2学期制。) 学校が始まると、特に朝夕は制服姿の学生で街が溢れなかなかに気分的にすがすがしいものが あるのですが、私の会社の日本人の談を借りれば、家の人が朝早く起きて弁当を作るのが 一番煩わしいということになるようです。 小学校であろうと中学校であろうと、一般にタイの学校では学校内に食堂があってそこで自分が食べたい ご飯を買って食べるという方式をとっています。言ってみれば私たちが昼ご飯を食べるのとまったく同じ感覚 です。 それに対し日本人学校ではそのような食堂が学校内にあるではなく、すべて弁当を持参することに なっています。毎日の弁当作りが非常に手間な為、給食を導入して欲しいという声もあるみたいですが 学校側はそれを受け入れません。理由は簡単、タイは言わずと知れた暑い国です。食中毒が 発生して万一子供の健康を害した場合に、その親から学校側の管理体制について問われるのを 恐れているからです。 学校がその責任回避をしようとしているのか、それとも子を持つ親がいつまでたっても幼稚園児のような 感覚から自立できないのか、どっちもどっちだと思っていますが、毎日の弁当作りが親にとっての かなりの負担になっていることは事実のようです。 学校側の言によれば「手作り弁当を食べさせる」というのが一つの教育方針になっているらしいのですが、 フジスーパーで買ってきた電子レンジでチンのおかずを弁当箱に詰めただけの弁当が果たして弁当と 呼べるものなのでしょうか。 タイ人の多くを見てみなさい。腹が減ったら好きな物を食べ、自由きままに生きているではないですか。 少しはタイ人の生き方を見てごらんなさいとでも言いたいです。 |
|
|
|
|
パスポートの申請 |
|
|
|
|
来月、妻を日本に連れて行こうと思っており、そのために今日の午後から妻と一緒に
妻の分のパスポートの申請に行ってきました。 外国人である私がタイ人を連れて、タイ外務省管轄の役所に行くというのもなんとなく おかしな感じがしないでもないですが、まぁあんまり細かいことは気にしません。 運良く、会社の車が空いていたので会社から約1時間の距離にあるセントラルデパートの バーングナー店までサバーイで行くことができました。 行ってみたはいいけれど、セントラル・バーングナーはむちゃくちゃに大きなデパートですので 果たしてどこにその役所があるのか皆目検討がつかず、再度1階まで降りていってやっとのことで 場所がわかりました。 タイ人がパスポートを申請するのに必要な書類は、日本とは全然違ってただ単純に IDカード(バット・プラチャムトゥア・バット・プラチャーチョン)だけです。戸籍謄本(副)や 住民票などは一切必要ありません。(タイには住民票という書類はないけれど。) 申請用紙にはすでにIDカードから読み取った情報として本籍地、両親の名前、誕生日などが プリントされていますので、それ以外の項目――現住所、連絡先、サインなどをちょこちょこっと 記入するだけです。 そしてその場で写真を撮影します。事前に撮影して持っていく必要はありません。 ただ、男の人のTシャツ姿、女の人のノースリーブ姿での写真はダメらしく、そのために 写真撮影室の一角には様々なサイズのブレザーが置いてあり、それを勝手に持ってきてはおって 写真を撮ることになります。(もちろんブレザー代はタダです。) 撮影した写真のネガ番号を記入して、申請用紙を提出するまでに約1時間ほど順番を 待たないといけませんでしたが、手数料として1073バーツを既に支払ってありますので 椅子に座ってボケーっと待っているだけです。 無事に申請が終りもらった引き換え用紙を見るとパスポートの受取りが3か後だと 書いてあります。受取りの時は、妻ももう勝手がわかっているでしょうから私が一緒に行くことも ありません。 パスポートができたら今度は日本の観光ビザの取得をしないといけません。 私にとってはこちらの方が何倍も何十倍も厄介な話です。 |
|
|
|
|
サッカーくじ |
|
|
|
|
タクシン首相がイギリスのサッカーチームであるリバプールを買収し国の経済活性につなげたいと
いうことを提唱しています。ずっと前から新聞やテレビで話題になっていたことであり、今となっては
タイ国民の誰もが知っていることではありますが、今度はその資金を広く募集するために
サッカーくじを売り出すと言いはじめています。 今朝のクルングテープ・セータキット紙によると、少なくともあと10日以内にサッカーくじを売り出す 予定であり、その価格は1枚1000バーツ、1等賞金は10億バーツ(30億円)、2等1億バーツ(3億円)と 続きます。タイの物価に照らし合わせて考えてみると、1等賞金の10億バーツは日本の物価では 100億円に相当する金額です。同様に、1枚あたりの金額である1000バーツは1万円の感覚です。 一般の宝くじが1枚90バーツ程度、日本のナンバーズに似た番号式の宝くじが1枚20バーツから販売 されているタイの社会ですので、果たしてこれだけの高額のサッカーくじを買う人が多くいるのだろうか とも思われますが、まぁタイのお金持ちが買うんでしょうね。 ただ、さすがにこのタクシン首相の動きに対しては国会内で相当の議論になったらしく、 ギャンブル要素が強すぎる、サッカーくじを買おうと多額の借金をする国民が出るなどなど―― その実行までには当面のさまざまな紆余曲折が予想されます。 いかんせん、今後5年間はタイの首相の座から離れないことを公言しているタクシン首相であり 一時はリバプール買収のために国家予算を使うことも匂わせていたほどですので、ここは 慎重な対応をしてほしいと思っています。 一応、私としては日本で売り出されている(らしい)サッカーくじの仕組みすら全然わかっていない ほどのサッカー音痴(?)ですので、タイでもおそらくは買うことはないですので、 別にどちらでもいいんですがね。 |
|
|
| ■ 余暇についての一考察 |
|
|
ホテルのプール |
|
|
|
|
今日は私もエーもそろって休みです。午後からホテルのプールに行こうということになりました。 バンコクには星の数ほどのホテルがあり、中級以上のホテルになると屋外にプールがあります。 本当は宿泊客以外は利用できない規則になっているのですが、やはりそのあたりは、さすがタイ。 ホテルのレセプションに行き「また今度機会があったら泊まりますので、一人100バーツでプールを 利用させてくれませんか?」と丁重な言葉でお願いするのです。すると、ほとんどの場合快い返事を してくれます。ただ、プールで泳ぐといっても宿泊客ではないのでタオルなどは貸してもらえません。 ちゃんと自分でバスタオルを持参しないといけませんが。 今日はスクムウィット界隈にあるAホテルでした。 この前チェンマイに行った時に買った水着に着替えてプールサイドにある白いデッキチェアーに 横になると、ほんの30メートル下の下界では車が大渋滞しているというのに、ここだけは まるで別世界、ちょうど映画の「太陽がいっぱい」のようです。 外国人が多いのでまわりから聞こえてくるのも英語であったりフランス語であったり、それとも たぶんドイツ語であったり。ほんのつかの間、どこかの西洋諸国にトリップしたような感じです。 じりじりと容赦なく照りつける太陽の暑さに耐え切れなくなるとプールに入ります ほとんどのタイ人は泳ぐことができないのですが、エーは結構泳ぎが上手です。昔、まだ子供の頃に 家の近所の川に毎日学校帰りに飛び込んではパンツ一丁で泳いでいたからだと言っています。 プールは最深部で深さが2.5メートルありますので、最深部付近で途中で休むことなく気合を入れて 泳ぐと結構疲れます。ですので、あまり真剣になって泳ぐことはせず、私の場合はどちらかと言うと ほとんど水遊びに近い感覚です。 プールからあがったら喉が渇いたので、ホテル内のカフェでアイスモカを飲みました。たまにはリッチに 洒落た飲み物を、と思って注文したのですが、やはり飲みなれたマクドナルドの激甘アイスコーヒーのが おいしいや、と思ってしまう庶民派の私です。 |
|
|
|
|
タムブン |
|
|
|
|
日本語に訳すと「徳を積む行い」という意味です。 タイでは現世のうちに人のためになる善徳を積めば来世になってそれらが自分のもとに返ってくるという宗教観から ほとんどのタイ人は子供の頃から両親または学校の先生からタムブンについて教えられます。 特に安居入の日から安居明の日までの3か月の間は、僧がワットにこもって修行に精を出すのと同様に 一般のタイ人もいつもより多くのタムブンをします。 今日はは午前中にエーと一緒にアヌッサワリ近くにある両親がいない子供の保護施設にお金の寄付に 行ってきました。これも立派なタムブンです。 私の宗教観(といえるほどのものでもないけれど)がタイ人のそれと合致しているわけでは決してないけれど、 やはりタイにいるといくら外国人であろうともタイの習慣、しきたりには従うべきだと常日頃から考えているためです。 いくら保護施設が国の予算で運営されていようと、やはりそのお金には限度があり1日3回の食事を満足に 食べることができないだとか、着るものがみすぼらしかったりだとか、さまざまな問題が残っています。 私とエーが寄付したお金がどれだけ彼らのためになるのかそれを今の私が推し量ることはできませんが、 たとえ少しでも彼らのご飯代の足しになり、そしてそうすることによって私とエーの心の中にゆとりができれば それでいいと思っています。 今日は私とエーがそれぞれ200バーツずつ寄付してきました。 後日、この施設から私宛に領収書が郵送されてきます。まだ、私はタイに税金を納める身分ではないけれど、 もしも税金を納めることになったら、この領収書を税金の申告の際に添付すれば税金控除の対象となります。 (寄付金控除として、1年のうちに5万バーツまで。) 日本にこういう税金の控除の仕組みがあったかどうか記憶にありません。タイはまだ国による社会保障が 日本ほど進んではいませんので、こういった一般市民からの寄付を受けつけ、それを優遇するという政策を とっているのかも知れません。 |
|
|
|
|
台風接近 |
|
|
|
|
タイ北部チェンライ県の方に台風が接近していて、その影響によりここバンコクでも数日前からずっと
毎日雨が降ったりやんだりの天気が続いています。 北部の方では洪水になっているようで朝のニュースによれば既に20人の死者が出たと報じています。 なお、バンコクのドンムアング空港でのフライトスケジュールには乱れはないもようです。 (交通機関の影響までニュースで伝えているのは、タイではかなりめずらしいことです。) 今日は生徒が両親と一緒にパッタヤーに遊びに行ってしまっているので、今日のアルバイトは休みです。 ですので、夜、2人でマーブンクロングまで特に何か用事があるというわけではないけれど散歩に行きました。 さすがに雨で外を歩くのが嫌なのでしょうか、マーブンクロングの中は普段の週末以上の大混雑です。 ファーストフードをはじめとし、ピザ屋さんや中華点心屋さんの前には店が満員で客席待ちの人が 大勢待っています。 女の子用の服をさっきから熱心に眺めているエーを残し、6階のクーポン食堂にコーヒーを飲みに行くと、 そこでも1500席あると言われるテーブルの9割が埋まっていました。 どうもみんな考えることが同じのようで、雨に濡れたくないのです。 そのせいだからでしょうか、今日はマーブンクロングの2階と3階の物品販売エリアにある室内屋台で 傘を売っている屋台が目立ちました。 たしかこの前来た時は、この屋台って時計を売ってたような気がするんだけど──というようなややこしい ことは抜きにして、売れる・儲かると思うとすぐに商売を鞍替えしてしまうタイ人です。 このあたりのタイ人の安直さというか軽さというか、そこがまたいいところなんだけど。 傘の値段はどの店も似たり寄ったりで、1品59バーツ〜79バーツでした。台風がいるから明日の日曜もおそらく 雨だろうと思う人が多いのか、見ていると結構売れているようでした。 エーの元に戻ってみるとやはりエーもこの商売の作戦にひっかかったようで、買ったばかりの傘をしっかりと 小脇にかかえていました。 |
|
|
|
|
バンコクのインターネット屋事情 |
|
|
|
|
家庭でのパソコン普及率が日本ほど高くありませんので、タイではインターネットをするのは
もっぱらインターネット屋さんで、というのが普通です。 夕方、小学校や中学校が終わる時間になると、インターネット屋のコンピュータの前は大勢の 子供で席を占拠されます。 私も回線事情の不具合などにより家でインターネットできないときは、子供に混じってインターネット屋に 出没しています。 最近の日本の回線事情には疎い私ですので詳しいことはわかりませんが、タイではやっとADSLの 回線が出始めてきたといったところです。とは言うものの、子供がネットゲームに夢中になっていますので その太い回線の大半を使用されてしまっていて、メールをチェックしたりするだけの私なのに相変わらず ダイヤルアップの激細の回線と変わらない速度になっています。 少なくともそんなに重くはないと思われる自分のサイトが表示されるのをじっと指を加えて待つというのは 哀しいものがあります。 なお、私が行くインターネット屋ではマルチOSになっていて、タイ語Windowsの他に日本語のWindowsが 入っています。(実は私がインストールしたんですが。) 自分が家で使っているパソコンがタイ語なのでこの日本語Windowsは大変貴重なものでして、 別にインターネットをしに行くわけではないけれど、ちょっとしたワープロ作業をするためだけに インターネット屋に行くこともあります。 (もちろん、回線を使わなくても使用料金は同じです。) インターネット屋のパソコンに入っているブラウザは多くの場合Internet Explorerでして、 ネスケが好きな私には使いにくかったりするのが正直なところですが、それ以外にもMacOSのパソコンが あったりして、ごちゃごちゃといじくりまわしているうちに知らず知らずのうちにMacの使い方も インターネット屋で覚えてしまいました。 |
|
|
|
|
休日のほうが |
|
|
|
|
今朝、妻が仕入れに行かないといけないと言うので朝7時前に家を出て行き、
私はもう少し寝ようとベッドでひとりうとうとしていたときのことです。 枕元に置いてある私に携帯電話が鳴りました。 日曜の朝、こんなに早くいったい誰なんだろう。もしかしたら、私の妻が何か忘れ物をしたなどで 電話してきたのかな。そんなことを考えながら手探りで携帯電話を探し通話ボタンを押します。 「(むにゃむにゃ)ハロ〜。」 「ハロー、先生? あのねぇ,今日10時から日本語の勉強に行くけど、昨日友達にケーキを いっぱいもらってまだ余ってるから、その時に持っていってあげるね♪先生、チョコレート味とバニラ味と どっちがいい?」 あのねぇ──まだ先生は寝てるの!そんなことでいちいち電話しなくてもいいの。まだ7時半でしょ! とはさすがに言えませんので 「う〜ん、そうだなぁ。先生はチョコレートの方が好きかな。あ、その他にどんなケーキがあるの?」 と生徒の電話に相槌をうちます。 私が勤めている会社は本当はアルバイト禁止になっているようですが、さすがに今まで半年以上も 私が日本語を教えてきた生徒を見捨てることはできません。会社の特別に許可をもらって、会社が 休みの日に日本語を教えています。 既にご存知の通り、バンコクは大人の遊び場にはこと欠かない街ですが私個人に限れば、 特に妻と知り合ってからはそういう所にまったくと言っていいほど興味がなくなってしまいました。 そういうことよりももっと有意義なこと、つまり自分にとっても意味のあることをしようと思い、 週2日または1日の休みの日に今までのタイ語学校時代と同じように日本語を教えています。 アルバイトの報酬のことよりもむしろ、私になついている生徒と世間話をしたりタイの若い子が 考えを聞いたりすることが私には何よりも新鮮に感じられるのです。 平日は会社で割りと自由な時間があり、むしろ休日のほうが忙しくなってしまい、 生徒2人を抱えることによって完全に一日つぶれてしまっているという今の私ですが 自分なりに結構楽しんで日本語を教えています。 |
|
|
|
|
買い物のしかた |
|
|
|
|
衣類だとか日用品だとか、そのような生活に必要なものを除いて私はあんまり買い物に
いきません。それに対して妻は買い物が大好きなので、路上に店を出している屋台やマーブンクロング
などといったショッピングセンターによく付きあわされます。 妻の買い物のしかたを横で見ているといつも思うことのひとつに、妻はタイ人であるということが その一番大きな理由であるのですが、実に買い物が上手なのです。 まず、物の相場、例えば衣服ですとか腕時計ですとかアクセサリーですとか、それを大変よく知っています。 ある店でちょっと気になるアクセサリーがあったとすると私にそっと 「あ、これ、99バーツって値段ついてるけど、この前アヌッサワリで89バーツで売ってたの見たよ。」 「この服、ボーベーで買えば59バーツじゃん。」 などという調子で物の相場を披露してくれます。 他で見かけない物である場合は値段を訊ねたあとに、 「ねぇ、もう少し何か色つけてよ。80バーツで決まりねっ!にこっ!」 とタイ人得意の笑顔で店員を口説き落とします。 それでも、どうしても自分が意図する値段にならない場合は 「ありがとう。また来るね。」その一言で終わりです。 この最後の「ありがとう」という言葉が殊のほか効き目があるようで、「ちょっと待ってよ。いくらなら買う?」 と店員が言い寄ってきたらほぼ妻の勝ちは見えています。 一般に下1桁に9という数字がついている値札、例えば159バーツ、199バーツなどの場合、 私の経験から言えばほとんど値が下がりません。よくまけてくれて端数の9バーツを落としてくれる程度です。 逆にいえば、そのような値をつけているほとんどの店は仕入原価にほとんど利益を乗せていないように 思えます。ですので、そういう店でムチャクチャなこちらからのファーストプライスを言ってしまっては まるっきり相手にされません。 妻に言わせると、199バーツの値が付いていれば180バーツから始まって、最終的に190バーツの買い物ね、 ということだそうです。 今日は会社帰りに待ち合わせて、妻の下着の買い物に付きあわされました。 |
|
|
|
|
誕生日と写真撮影 |
|
|
|
|
妻の誕生日に結婚式を挙げ、その記念となるべき写真をまだ撮っていませんでしたので
前々からの妻との約束通り、アヌッサワリ近くのスタジオまで写真を撮りに行きました。 2人で撮るのもいいけれど、その他にももっと大勢でも写真を撮ろうよという妻の言い出しで バンコクにいる妻の妹4人を呼んで、スタジオに入ったのがお昼頃。 私は、日本から持ってきたダブルのスーツに赤のネクタイ、妻はこの前新調したクリーム色のドレスです。 妹達が着るために、私の家にある妻のちょっといい服を数着持っていきました。 撮影が始まったのは午後1時ごろ。全部で100枚以上の写真を撮影して、 その中からお気に入りの写真を選び出すのに3時間もかかり、結局全部終わったのは午後8時を 過ぎていました。 みんなでMKにタイスキを食べに行き、妻の妹のそれぞれからお祝いのカードとプレゼントをもらいました。 この歳になってお祝いのカードやプレゼントをもらうというのは少し照れくさいっていうのが本音ですが カードに書かれている言葉をひとつひとつ読みました。 「誕生日おめでとう。いつまでもエーの夫であり私のお兄ちゃんでいてください。」 「おめでとう。エーの家族はみんなトムヤムのことが大好きです。ずっとずっと、喧嘩しないで 寄り添ってください。」 「タイランド、そしてシーサケットにようこそ!これからもよろしくね!」 などなどと、みんな思い思いのお祝いの言葉が綴ってあり、いくらタイ人と結婚してるとは言え 彼女らから見れば外国人である私を、これほどまでに慕ってくれていると知って、正直に言えば 少しじーんときてしまいました。 帰りのタクシーの中で、それを知ってか知らずか妻が私の方に寄り添ってきて、付けている金木犀の 香りのする香水がほんの少し香ってきました。 |
|
|
|
|
正しい映画の見方 |
|
|
|
|
今日から会社は休みです。 たまたま今日は妻も仕事を休むと言うので、朝から二人で映画を見に行きました。 見た映画は洋画のThe Lord of Rings。日本でもう封切りされているのかどうか ちょっとわかりませんが、タイは日本より少しだけロードショウの封切りが早いです。 タイで洋画を見る場合、映画のスクリーンの下にはタイ語で字幕が表示されます。 逆にタイの映画である場合は下に英語の字幕が表示されます。このあたり、タイ人にも 外国人にも結構気を使ってくれていると思っています。 タイでの正しい映画の見方というのがあるのでしょうか。映画の前に国王讃歌が流れたら 全員起立しなければならないとか──そういうこととは別の話で、私流に考えるとすると ポップコーンとジュースを買って隣同士の席に座り、上映中にそれをもぐもぐと飲み食いして、 そして小さい声で「この俳優きれいだねぇ」だとか「この映画、きっと最後はこうなるよ。」だとか いろいろと話をしながら見ると言うのが正しい鑑賞法であると思います。 たとえその話し声が隣に座っている人に聞こえようとも、隣の人も同じように話をしながら スクリーンを見ていますのでそのあたりはお互い様みたいなものです。 お菓子が足りなくなったら上映時間中に席を立って買いに行きます。これはいつも私の 役目なんですけれどね。シネコンの場合はお菓子売り場やトイレがシアターの入り口から 離れていることが多く、急いで買って席に戻らないと途中で話がわからなくなってしまいます。 それ以外に、映画上映中であってもあちこちで携帯電話の着信音がピコピコと鳴っているのも タイだなぁと思うことのひとつです。今、映画の途中で他に人に迷惑がかかるから後でね、 などということは一切なしでして、タイ人はそのまま話を始めてしまいます。 そして誰もそれを咎める人もいません。 さすがに私はそこまでの勇気はありませんので、電源をちゃんと切っています。 今日見た映画は上映時間が長いので途中でトイレ休憩がありました。たまたまトイレに行った 私がお菓子売り場の前を通りかかったら、やはりそこにはポップコーンを買い求める人が 蟻のごとく群がっていました。 |
|
|
|
|
年末の部屋の模様替え |
|
|
|
|
タイでは、日本と違って年末だからといって大掃除をする習慣はないようです。 そもそも、掃除が嫌いな私にとってはそれは嬉しいことのひとつに違いありませんが やはり妻にとっては私が普段から部屋を汚し放題にしているのが気になるようです。 たまには部屋の模様替えをしようよ、せっかく新しい年になるんだしさ!っていう話になり、 シーコンスクエア内にあるロビンソンデパートの寝具売り場に行って、ベッドカバーの新しいのを 見に行きました。 この時期、街は多くの外国人であふれていますので買い物がしにくく、それに何よりも 一年でいちばん商品が売れる時期なので人が多く集まるところは値段が少し高めになってるという 妻の話により、わざわざバスで1時間かけて出かけていったのです。 私の部屋には特大のダブルベッドが1台あって、ピンク色のカバーと掛け布団がかかっています。 いかにも私には不釣合いな色なのは百も承知だったのですが妻が勝手に買って来たものです。 タイ人の癖なのか、妻がよくベッドの上でお菓子を食べていますのであちこちが汚れていて、 いくら洗濯に出してもなかなかきれいにならず、正直なところ私も新しい物がほしいと思っていたところです。 たまたま通りがかった服飾売り場に、えんじ色の布地に金色の糸で象の刺繍が入っているタイ文様の布を 見つけました。たぶん、これはもちろん寝具ではなく服を仕立てるときの布地でしょう。 色といいデザインといい、私は一発で気に入ってしまいました。これを大きな布のまま買って それをベッドに被せればタイっぽいベッドのできあがりです。 結構少女趣味である妻も珍しくこのタイ文様の布が気に入ったようで、二人ですぐに意気投合して それをベッドの大きさ分だけ買って帰ってきました。 家に帰って部屋の中を少し片付け、買って来たばかりの布をベッドに被せてみました。 自分にしてはタイに来て最高のヒット作と言ってもいいほどのいい感じです。 今まで泊まったことがあるタイ国内のホテルでも一度足りともこんなにタイっぽいベッドを 見たことがありません。 自分で言うのもなんですが、もう少し部屋が広ければあたかもホテルに泊まっているような、 そんな感じがしないでもありません。 |
|
|
|
|
サワッディー・ピーマイ |
|
|
|
|
仏暦2547年1月1日 この新しい1年を迎えるにあたり、新年が幸せに満ち満ちて安寧でご平穏な 年になりますようにタイの国から祈念しています。合掌。 夜中の12時、ちょうど年が変わるや否やバンコクの街のあちらこちらで花火が打ち上げられました。 私の家は結構周りの見晴らしがいいので、その音を聞いてべランダに出てみると全部で3か所から 花火が打ち上げられているのが見えました。時間にして約10分の短い間でしたが、南国の正月の 夜にドーンという花火の音が轟き渡っていました。 昨年は、最後の最後にいいことがありました。 タイ語学校の先生と一緒にエーカマイ・メジャーシネプレックス内のMKでタイスキを食べた後、 エスカレーターを降りようとしたときに遠くの方で警察官10人ほどに囲まれた少し太った 女の人が目に入りました。 誰だろうと思う間もなく、その方はタイ国王陛下のご息女だとわかりました。 そういえば、ご息女は映画がお好きで、このシネマプレックスでよく映画をご覧になるという話を 思い出しました。周りにいるタイ人も、警察官の指示により道をあけてちょうど踊り場になった付近から ご息女の一挙手一堂を見守っています。 私は周りのタイ人がしている仕草にならってワイをしました。 ご息女は私の前ほんの2m先を悠然とお通りになり、お通りになるときは私はあまりの畏れ多さに 直視することができないほどでした。 年末の最後の最後で、思いもがけぬ高貴な方にお目にかかることができました。 その思いを胸に、今年も何かいいことがありますようにと自分自身を奮い立たせています。 |
|
|
|
|
タイのヒット曲 |
|
|
|
|
最近、一人で家にいるときはタイのカラオケのVCDを見ていることが多いです。 日本での最近の流行り歌は全然知りませんが、その反対にタイの歌はかなり詳しいです。 タイの歌に限ればミュージックCD1枚の値段とMPEG形式のVCDとの値段がほぼ同じですので、 VCDを買ったほうがお得感があり、いつもカラオケのVCDを買ってきてはそれを自宅のパソコンで 再生しています。 個人的に言ってしまえば、タイの歌手は歌が上手だと思います。上手と言ってもいろいろな 意味があると思いますが、それぞれの歌の歌詞に含まれている言葉のひとつひとつが極めて 直接的であって、聞く側にとってはそれが言葉の重みとなって伝わってくるとでも言ったら いのでしょうか、あるいはまたタイ語という言葉の発音から来るものだと言ったらいいのでしょうか、 特に愛を語った歌の歌詞にはさすがと思うほど感服しています。 例えば会社の知人と世間話をしているとき、何かの拍子に私が最近のタイの流行歌の 話をしだすと 「え?その歌、知ってるの?ねぇ、じゃ、唄える?今度カラオケみんなで一緒に行こうよ。」 となります。また最初の頃は 「普通、外国人ってタイの歌を歌えないじゃん。どこで覚えたの?あ、もしかしたら奥さんと よくカラオケに行ってるでしょ?」と冷やかされました。 実際のところ、そんなにはカラオケには行っていませんがタイの歌が好きなので毎日毎日 飽きもせずにVCDを見ているうちに次第に歌を覚えてしまいました。 そうなると逆にタイ人との間で、何かこう共有できるものがあるように私には感じられてきて、 逆にタイ人にとっても私と言う一人の外国人が今まで以上に身近に感じられるようになってくるみたいです。 いつもWarehouseなどのCDショップに行くたびにVCDカラオケ売り場の棚にまっすぐ歩いて 行っています。 |
|
|
|
|
タイのカラオケ |
|
|
|
|
少し前にカラオケのことを紹介しましたが、今日は私の好きなタイの歌について紹介します。 夜、家に帰ってきてからよくテレビドラマを見ていますので、ドラマの内容が全部わからないまでも その主題歌はほとんど覚えてしまいました。そして、そのテレビドラマ主題歌のVCDカラオケが 発売されるとすぐに買ってきて、パソコンで再生しては画面に見入っています。 昨年2003年の歌の中で私が一番好きな歌はパラポンの「カム・サーム・カム」という歌でして タイ人ならほとんどの人が知っているだろうと思われるほどのいい歌です。(直訳すると「3つの言葉」 という意味です。) --- カム・サーム・カム 夢が正夢になって 行く末には困難がいっぱいだけど 僕達はお互いを見捨てたりはしない 雨はやまないし 空には星もない だけど そうなれなそうなるほど想いがつのる なぜならボクたち二人がれば 何にでも立ち向かうことができるから たとえそれがどれだけ長い時間であっても 僕は君を愛してるし 死ぬまで僕にはいつも君しかいない 愛があるから 空は輝くだろうし 愛があるから 星が道を照らしてくれるだろう そして もう少しすれば雨は止んで 涙も消えうせるだろう 僕たち二人が語るたった三つの言葉があれば 今は真っ暗の道であっても いつかは光が差してくる 三つの言葉をしかと心に刻んで そして僕たちのこの言葉が消えることはないんだ いつか僕がこの生を終えるとき 僕はもう一度この三つの言葉を言う 「チャン・ラック・ター」と。 --- おしまいの「チャン・ラック・ター」という、この歌のタイトルにもなっている三つの言葉は 英語に直すと アイ・ラブ・ユー です。 このVCDカラオケの画面キャプチャをこちらでご覧になれます。 |
|
|
|
|
カラオケ |
|
|
|
|
夕方から妻と二人でカラオケに行きました。 カラオケと言っても、今日言ったのは日本で言うところのカラオケボックスのようなところでして 3人も入れば一杯になってしまうような「家」が、ショッピングセンターの中の一角に置いてあり その中にジュークボックスが置いてあると言うものです。 日本の歌は一切なく、ほとんどすべてがタイの歌ですが最新のタイの歌が揃っていて、しかも1曲 10バーツですので土曜の夕方はほとんどすべての「家」がお客さんで埋まっています。 近くには両替の机があり、お札を持っていくとそこで眠そうに座っているおばちゃんが両替してくれます。 流れるカラオケの映像は市販されているVCDカラオケと全く同じですので、家で毎日パソコンで見ている 画像そのものなんですが、それでもまぁ多少なりとも大きい音でガンガンにかけることができますので それなりに雰囲気が出てて私は結構気に入っています。 カラオケボックスの中には食べ物や飲み物が持ち込み自由ですので、その辺の店で適当に食べ物や ジュースを買ってきて中で飲食して、1曲10バーツの歌を20曲歌ったとしても250バーツそこそこですので 街中にある外国人目当てのカラオケ屋に行く値段の5分の1程度の金額で済んでしまいます。 ただし、中は一切禁煙です。 今日は一人10曲ずつ歌いました。妻が歌う歌を隣で聞いていると、私が悲しくなってしまうほどに タイ語の発音が完璧で(あたり前だけど)、そのすぐ後に歌う私の歌の下手さがどうしても目立ってしまい、 「まだまだね♪」という顔をされてしまいます。 多少、音が外に漏れるのでしょうか、時々外を通る大学生の女の子が中を覗き込んでは私の歌の発音が 多少タイ人と違うと気付き、外国人がタイ語の歌を歌ってるとばかりに興味深げにしているのが わかります。 気合を入れすぎておしまいには喉がからからに渇いてしまいましたので、近くにあるKFCでアイスティーを 飲んで帰ってきました。 |
|
|
|
|
健康診断の結果 |
|
|
|
|
先日行なった健康診断の結果が会社宛に送られて来ました。 私と一緒に行った日本人駐在員も私の結果と同時に送られてきて、今日の昼休みに同僚のタイ人と 一緒にそれを眺めていたのですが。 他の日本人の診断書はすべて英語と日本語で書かれているに私の診断書だけはタイ語で書かれています。 う〜ん、これはどういうことだろう。そう思って駐在員に聞いてみました。 そうしたら、どうも駐在員の場合は日本語を話す医師が診察したのに対し、私の場合はそうではなく 英語とタイ語しか話さない医師に診察してもらいました。で、その医師との受け答えとの中で私がタイ語で 答えていたために、タイ語で診断書を書いても別に問題ないだろうと判断されちゃったのだろうと推測できます。 そんな訳で今日は午後からずっと辞書を引きながらその診断書を読んでいました。 私の不安が的中することもなく私の健康は極めて良好、血液検査や検尿検査、胸部レントゲンなど すべて正常範囲でした。日頃、この大気汚染がひどいバンコクで生活していることから考えて何らかの 呼吸器疾患の兆候があるんじゃないかと心配していたのですが、その心配も杞憂に終わりました。 野菜不足になるといけないからと思いあえて野菜が多く入ってるおかずを選んだり、または緑黄色野菜を できるだけ多く食べるようにしたり、あるいはまた、果物を少し多めに食べてみたり。 タイ人のように激辛の物を食べて、それにより新陳代謝を盛んにするなどということは普通の日本人(笑)には できませんので、まぁそんな日頃の健康維持が良かったのだと思います。 そういえば、少し前から始めた朝のジョギングも何とか今迄続いています。朝6時過ぎのバスに乗って、 最近はルムピニー公園まで行っています。南国の緑の中を走るのはなかなかに快適なのです。 明日は日曜、また朝早くに起きてバスに乗って走りに行ってきます。 |
|
|
|
|
ミス・ユニバース・タイランド |
|
|
|
|
おとといの土曜日、ちょっとしたラッキーなことからミス・ユニバース・タイランド本選会の入場券を
手に入れることができ、ラートプラオにあるバンコク・コンベンションセンターまで妻と二人で行ってきました。 チケットをくれた方からは「かなり前の方の席だからもしかしたら観客席を映したときに一緒に映るかも 知れないからね。」と前の方の席であることを強調されます。長袖のブレザーじゃ変かなーと思って、 私は昨年の結婚式の時に来たタイデザインのグレーのスーツ、妻は同じくタイデザインのシルクのドレスという いでたちです。 会場に着いてみると予想通りかなり前の方の席でして、ステージに向かってやや左の方。観客として 来ているのはタイの紳士貴婦人という人ばかりで何となく自分が場違いな感じがしないでもありませんが、 間もなくして始まった本選会でのステージ上では、最終的に選考された40人のあまりにもきれいすぎる 女性が勢ぞろいしており、私は瞬きするのも忘れるほどに舞台上の光景に見入っていました。 舞台に立っている間中、女性の誰もが顔にわずかな笑みを浮かべながら観客席に向かって微笑んでおり、 次々に最終候補者が絞られていくと、だんだんと壇上に立っている女性の数が少なくなっていきます。 全員に同じ質問をしてそれぞれがどういうように答えるか、または全員に違う質問をしてみたりというように その選考の方法は日本と同じようで、例えば「7年後のあなたはきっと何をしていると思いますか?」という 問いに対しては、ほとんど同じように「今は大学院生の身であるけれど7年後にはお金を稼いで 両親を養いたい。」と答えます。 その中で一人だけ「今、私は看護婦の資格をとるために病院で研修しています。7年後にはよい看護婦として、 そしてよい母として、そしてよい娘として社会と家族に貢献したいと思います。」と答え、観客の誰もが 拍手をしました。 私はてっきり彼女がミスタイランドに選ばれるだろうなぁと思っていたのですが、最終的に栄冠を勝ち取ったのは それとは違う別の女性、ですが彼女も華麗という言葉がぴったりで私も妻も大いに納得したのでした。 彼女は今年6月に南米で開催されるミス・ユニバースにタイ代表として出場します。 |
|
|
|
|
チャトゥチャックへ買い物 |
|
|
|
|
昼前に市内北部にあるチャトゥチャック市場まで、ウサギの餌を買うためにバスに乗って出かけて行きました。 真夏のこの時期に行きたくはないのですが、毎朝近くの市場まで野菜を買いに行くのも結構面倒なため 少し横着して既製品の餌を買いにいったというわけです。 この市場場いつ行ってもタイ人だけでなく多数の外国人で賑わっており、場所によってはただ通路を通り抜ける だけなのに一向に前に進みません。そもそも私はこの市場の余りの人手のため、この市場があまり好きではなく、 目的の物を買ったらさっさと帰ってきました。 一般にはこの市場では市価よりもかなり安くお土産が販売されているとされていますが、果たして本当かなぁとも 思うこともあります。たしかにパッポンやスクムウィットの夜店よりは安いでしょうが、プラトゥーナームあたりに 店を構えている店とほぼ同額の値段です。 「安い」」と感じる感覚として、逆に考えればいつも他の場所で「ぼられている」ことの裏返しではないだろうかとも 思えます。事実、生活必需品以外の物の場合は外国人価格が存在するわけですので、タイ人価格で比較すれば さほど大差はないと私なりの結論です。 そんなことを考えながら帰ってきて、トーングローにあるカフェでコーヒーを飲みながらこの前買った音声学のテキストを読み、 少し疲れたなと思ったところで学校の先生に電話しました。先生は運良く授業が終わったところでして、エカマイの メジャーシネプレックスの前で待ち合わせをして、そのテキストの中で私がわからないところを気分よく教えてくれました。 さすがにタダで教えてもらっては気が引けますのでスウェンセンでアイスクリームをご馳走し、最近のタイ情勢について あれこれと世間話をして帰ってきました。 やはりこの暑い夏の日には涼しいところでしっかりと涼んで帰ってくるに限ります。 |
|
|
|
|
学校の先生の頼まれごと |
|
|
|
|
少し前に、学校の先生からこう頼まれごとを引き受けていました。 「時間があるときに悪いけど学生証を作ってきてくれない?私の家からカーォサーンまでバスで行くと 1時間もかかっちゃうからさぁ。トムヤム君の家からならバスで30分だよね〜。」 ここで言っている学生証とはあくまでも贋の学生証のことです。カーォサーン通りには贋学生証を 作ってくれる店が数軒あって、別に怪しい雰囲気も何もなく表通りに作成見本を展示しながら 全く普通に商売しています。 ただ作成した贋学生証を自分が使用することにおいては全くの自己責任ですけれどね。 今日はそんな訳で午後からひとりでカーォサーンまで遊びがてら行ってきました。 昨年に私が作ったときは100バーツだったはずですが、店先にいたカラバオに似た兄ちゃんが 言うには「今は150バーツ」だそう。150バーツと言われても私は先生から100バーツしか預かっていないし 困っちゃうのです。 「ねぇ、そんなよそ行きの値段じゃなくってさぁ、本当は100バーツだろ?」 カラバオ似は「なーんだ、知ってるのか」という意味の笑みを浮かべ約20分で贋学生証を 作ってくれました。あとはこれを先生に渡せば頼まれごとは終わりです。 この学生証の具体的な使い道として何があるのか、それはあくまでも企業秘密ですので 本当はここで書きたくないのですが──などとケチなことは言いません。例えば、
まぁそれなりにタイ国内での使い道があるように思います。 スカイトレインの学生割引(一律12バーツ)は、タイ国籍を持つ23歳未満の学生が タイ国内での学生証を提示したときに初めて受けられる割引制度ですので、 この贋学生証はダメです。 (そもそも、それを提示するほどの勇気は持ち合わせていませんが。) |
|
|
|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
| HOME > 続・バンコクの日常(5) |