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Sawasdee Thailand
続・バンコクの日常(その3)

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目次  

  1. 暮らしについての一考察
   続・バンコクの日常(1)

  1. タイ語についての一考察
  2. タイ人についての一考察
  3. タイ随所についての一考察
   続・バンコクの日常(2)

  1. 交通についての一考察
  2. メディアについての一考察
  3. 品物についての一考察
   続・バンコクの日常(4)

  1. 旅についての一考察
  2. 伝統文化についての一考察
  3. 法律についての一考察
   続・バンコクの日常(5)

  1. 社会についての一考察
  2. 余暇についての一考察
暮らしについての一考察

→ 日本人の大学生

SARSの騒ぎがそろそろ下火になりかけ、同時にぼちぼちと日本の大学が夏休みに入ったことから 私の通っている学校でも日本の大学生が1か月程度の休みを利用してタイ語を勉強しに 来ています。

休憩時間に、どちらともなく話し掛けあたかも探りを入れるような面持ちで話をしますが、 私のようにタイ化している日本人と彼らとでは話がまったくかみ合わず間が持たないというのが 事実です。

これは一概にはバンコクでの暮らし方が全く違うことによります。

(大学生)
  • 屋台では絶対にご飯を食べない。クーポン食堂、日本食屋、ファストフード屋が好き。
  • 市内の移動は速くて涼しくて快適なスカイトレイン。スカイトレイン沿線のおしゃれな店に詳しい。
  • アメリカ資本の某カフェで、何も臆することなくコーヒーが飲める。
  • ミネラルウォーターのペットボトル持参で学校に来る。
  • 靴を履いてる。そして半ズボンである。
(タイ化した日本人)
  • 屋台でご飯を食べるのが大好き。たまにクーポン食堂に行く程度。
  • たとえ渋滞してても、とにかく安いバス。スカイトレインに1回乗るなら、そのお金で飯を食う。
  • コーヒー代は1杯50バーツまで。(私の場合)
  • 学校の冷蔵庫に入っている、水道水の湯冷まし水を飲んでいる。
  • サンダル以外履いたことがない。
挙げ出したらキリがありません。

ですので、教室で勉強している日本の大学生を見るにつけ、目にとても新鮮な印象を覚えます。 どちらがいいとか悪いとかと言った問題ではありませんので、なおさら余計に彼らが眩しく映るのです。

今日の学校の帰り、たまたまそういった彼らとカフェにコーヒーを飲みに行きました。

その店で私は彼らから、今年は阪神タイガースがダントツの勢いで首位を独走中で、8月にも 優勝しそうな勢いであるという話を聞かされ、いくら日本のニュースを時々は読んではいるものの すっかり日本のことに疎くなったなぁと痛感したのでした。

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→ 小切手の両替

毎週水曜は学校での授業がありません。朝から国立図書館に行ってずっと本を読んでいました。

その帰り、バスに乗っているときに青い看板で有名なアメリカンエキスプレス(以下AMEXと略)の事務所の 前を通りました。今まで何度もこの道を通るたびに、このタイIバーツM本社ビルの1階にあるAMEXの看板を 眺めてきましたが、特に用もないので中に入ったことはありません。

ですが、今日はたまたま銀行でお金を両替する必要があり、かばんの中には100ドルの小切手と パスポートが入っているのです。私はいつも小切手を作るときにAMEXと決めていますので、もしかしたら わざわざ市中の銀行まで行かなくてもここで両替してくれるかも知れないと思ったからです。

私はバスを降り、AMEXの事務所の中に入っていきました。

「すみません。この小切手をここで両替できますか?」

扉からいちばん近い窓口に座っていた職員に聞きました。そうしたら、「はい。大丈夫ですよ。」とうれしい返事が 返ってきました。

私は鞄から100ドル小切手1枚とパスポートを取り出し、両替窓口の愛想のいい女の職員に渡しました。

彼女はコンピュータを使って為替レートを調べた後、1枚のレシートを渡してくれました。市中の銀行で 両替するときと同じで、そこには為替レートが書いてあり、手数料と税金を差し引いた残りの金額が 「差引合計」として記されています。

ところが。

私がその差引合計を見ると、手数料20バーツが引かれていないのです。引かれているのは 税金3バーツだけなのです。タイで小切手を両替するときは、お金の金種、券面額に関係なく小切手1枚あたり 必ず23バーツを引かれますので私は不審に思いました。

「あのぅ、手数料20バーツが引かれてないんですけど、これでいいんですか?」

私の問いに、その女の職員はこう言いました。

「AMEXブランドの小切手をウチの事務所で両替なさるときは、いっさいの手数料を頂戴しません。 他社ブランドの小切手でしたら、銀行と同じように20バーツの手数料を申し受けますが、お客様のお持ちの 小切手はAMEXですので、差し引かせていただくのは税金3バーツだけですよ。」

私はいつもAMEXの小切手ですが、このことを知らずに今までずっと市中の銀行で両替していました。 つまり、その度に23バーツを差し引かれていたのです。

小切手ではなく現金を両替するときは、銀行ではなく私営の両替屋の方がレートがよく、そちらの方の 情報は詳しいのですが、小切手の場合はどこもさほど変わりはしないだろうと今までろくに調べることも していませんでした。

ですので、今まで両替した小切手の枚数から考えると少なくとも邦貨に換算して13000円程度の 損をしていることになります。

たかが両替、されど両替。タイでの両替は、これでなかなか気を使います。

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→ エーの歯

夜、エーと二人でテレビを見ているときに喉が渇きを覚え、近くのファミリーマートまでコーラを買いに行きました。

1本9バーツ(27円)の瓶入り280ccのコーラを2本抱えて帰り、栓を開けようと栓抜きを探したのですが どうも見当たりません。

私が部屋のあちこちを探しているのに気付いたエーが

「あ、ちょっと貸して。私、あけてあげるから。」

と言うが早いか歯の力で栓を開けようとしているのです。

あのねぇ、これって昔、漫画の「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の両さんがしているのを見たことあるけど 実際にしようとしている人って見たことがありません。

エーは2〜3秒の間瓶と格闘していましたが、平気な顔をして瓶の栓を開けてしまいました。

驚いたのは私のほうです。

「そんなことして、歯、大丈夫なの?」と心配する私の横で、エーは

「うん、だって小さいときから田舎にいるときはこうして練習してるから、できるようになちゃった。 え?日本人って歯で栓を開けたりしないの?タイ人男も女もほとんど歯で開けれるよ。」

そういう話じゃないの。そんなことしてると、今に歯がボロボロになっちゃうよ。

そこまで考えたとき、バンコクの街中に歯医者がやたら多いことを思い出しました。まさか、全部の患者が 歯が欠けたからと言って歯医者に来るわけではないでしょうが、それにしても歯医者が多すぎるのです。

もしかしたら、こんなところに理由があるのかも知れないなと思いながらも、エーと喧嘩したときに絶対に 噛み付かれないようにしようと思ったのでした。

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→ タイ人のシャワーの浴び方

タイは暑い国ですので一日に何回もシャワーを浴びます。

朝起きたらまずシャワー、学校や仕事から帰ったらシャワー、昼寝から起きたらシャワー、そして寝る前に シャワーです。

私も数えてみると少ない日で3回はシャワーを浴びています。

エーに聞いたり学校の先生に聞いてみたりした結果で語りますと、タイ人にとってのシャワーまたは水浴びと 言うのは、体を濡らしてそこに石鹸をゴシゴシとなすりつけ、体を石鹸まみれにして水で洗い流すということです。

石鹸をつけたタオルを使って体のすみずみまできれいに洗うということではありません。あくまでも、石鹸を 体になすりつけることが重要です。

何回もシャワーを浴びているとその方が手っ取り早いですので、私も今ではそうしています。

ですので、私の家ではエーと二人暮しですので普通サイズの洗顔石鹸が4日でなくなってしまいます。

で、シャワーが終わったら濡れている体をバスタオルで拭いて、外に出かけたりしないときはタイ語でパァーと呼ばれる 布を巻いて、そのまま家で過ごします。下手に家の中で洋服を着たりすると、すぐに汗臭くなってしまうからです。

男に場合、腰に巻きますので丈は足の踝(くるぶし)まで、女の人の場合は脇の下で巻きますので膝上までの 丈になります。

タイ人のエーにしてみれば、この格好は小さい頃から慣れ親しんできた格好なので別に平気なようですが、 日本人である私から見れば、結構セクシーに見えちゃうのです。

私が机に向かって勉強したり、エーがベランダで洗濯したりするときも、二人ともこのパァーを巻いたままの 格好でいます。さすがに近くの雑貨屋に買い物に行くときは適当な格好に着替えますが、夜であれば私は 上半身裸のままで、パァーを巻いたままサンダルをつっかけて買い物に行っちゃいます。

今も、上半身裸のままパァーを巻いただけの格好で日記を書いています。

窓を開けておくと、窓外に見えるスカイトレインの駅がそこだけ浮かび上がっているように見え、 足元から涼しい風が吹き込んできてサバーイ・サバーイです。

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→ タイの物価を日本の物価に例えると

タイは物価が安いとよく言います。実際にタイを訪れた外国人はみんな口を揃えたように 安い安いと言いますが、それを日本の物価に当てはめてみるとどのようになるのでしょうか。

例えば、スーパーで売られている缶入りのコカコーラを例に取ります。

タイでの価格は多少の高い安いはあるものの、平均すれば1缶12バーツです。これを為替レートだけで 日本円に換算すると36円ということになりますが、私の感覚としては12バーツ=120円の感覚に 近いです。

つまり10バーツ=100円として物の値段を捉えるわけです。屋台で売られている安物のTシャツ1枚が 99バーツですので、やはりこれも同じように日本円では990円(または値札でよくある980円)と 当てはめることができます。

食べ物に例えてみます。屋台の飯が1皿20バーツ(60円)で、感覚的には200円。卵焼きを上に 乗せると5バーツの追加ですので、50円の追加。鶏のレバーの串焼きが5バーツですので同じく50円。 ジュース屋台で売っているアイスコーヒーが10バーツとして、これも同じく100円です。

さらに、エアコンバス代が12バーツとして120円、エアコンなしバスが3.5バーツとして35円。

見事に10バーツ=100円という仮説が成り立つのです。

バンコクの夫婦共働きの一般の家庭の月収が約22000バーツです。上の理屈に当てはめると 22万円ということになり、日本での物価感覚としてはやや少ないのかな?とは思うものの だいたいあっています。

この仮説が正しいとするばらば、やはりタイで食べる安飯1杯20バーツはとことん安いということができます。 日本でいくら外食産業が安売り競争を展開しているといえども、決して200円では外食できません。

その代わりに贅沢品に対してはかなり高額という印象を受けます。一番いい例が航空券です。 日本往復が2万バーツと仮定すると20万円という理屈になります。一世帯の平均月収とほぼ同額に なってしまうのです。

タイであまり贅沢せずに、普通のタイ人並に過ごすのであれば、タイは極めて過ごしやすい国だと 思っています。

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→ 新20バーツ札

今年の3月から、新しい20バーツ札が市中に出回っています。

比率的にはまだ古いお札の方が多いですが、スーパーで買い物をするとお釣りで新品の20バーツ札を 渡されることがしばしばあります。

旧20バーツ札よりも一回り小さく、デザインが最高額紙幣である1000バーツ札と似ており 暗い所で財布の中を見ると、1000バーツなのか20バーツなのかよくわからなくて、私としてはどうも 今ひとつ好きになれないお札です。

新品のままとっておけば、そのうちに希少価値になってプレミアムが付くだろうと思って、私の机の引出しの 中にはこのお札が約100枚ほどしまってあります。

そんな中、タイ國金融省がこの新しい20バーツ札の発行を中止すると発表しました。

いつも行き当たりばったりの政治が大得意のタイ政府ですので、あまり驚きもしなかったのですが、 どうもその理由というのがいかにもタイらしいのです。

お札の表面には、国王の肖像画が印刷してあるのですが、その肖像画のサイズが少し大きすぎて お札を2つに折ると、国王の右の耳のところに折り目がきてしまい、国王の写真を傷つけてしまうと いうのがその理由です。

理由はいかにもタイらしくスゴいですが、そもそもそういうことにまで頭が及ばないタイ政府も それ以上にもっとスゴいのです。

机の引出しにしまってある新品の20バーツ札を改めて見てみると、やはり耳のところに折り目がきます。

ますます気合を入れて新20バーツ紙幣を集めることにしますが、お札に印刷してある発行番号が よほどきれいな番号でないと、なかなかプレミアムは付きません。

タイでは、数字の9が縁起のいい数字とされているので、9をたくさん含んだ数字の場合は たいへんな高価な額で売買されます。

私が持っているお札は、数字がきれいにバラバラでした。

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→ 3か月ぶりの日本行き

明日の未明、午前1時過ぎの便で日本に行きます。

途中、韓国のインチョン国際空港で10時間も待ち時間があるので、バンコクの家を出てから日本の実家に 到着するまで約24時間もかかってしまいます。

そして、世の東西を問わず、空港の出発ロビーはどの店もボッタクリの営業が得意ですので、飲み物やちょっとした 食べ物はタイで買って持っていくことにしました。今夜、家を出る前に近くの市場に行って、果物や焼き鳥やイカ焼などをはじめとしたオヤツ、 そして大好きなタイ焼も買っていきます。

さらに、空港内にあるセブンイレブンで、タバコを30個(3カートン)買って、さらにタイの地元新聞を数誌買い込みます。 空港内の普通の売店では、外国人向けの高級タバコと英字新聞しか売っていないんです。

ですので、日本に行くときは必ずセブンイレブンに寄るっていうのが私のいつもの日課のようなものになっています。

着替えを一切持っていかないので、ザックの中にはいくらでも入ります。あんまり荷物が少ないと日本の空港の税関で 興味津々の目で見られますので、少しはザックがそれらしくパンパンになっていないといけません。

今夜はいつものようにエーが空港まで送ってくれます。エーはまだ日本のビザを持っていませんので今回は 一緒に行くことはできませんが、年末に私が日本に行くときには一緒に行くつもりです。

日本の真冬の寒さを我慢できるかどうか、それだけが少し心配なんですけどね。

なお、今回の日本行きの目的は2つ。1つは、パスポートを更新すること、もう1つはタイのトリプルビザを取ることです。

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→ 懐かしの我が家

猫の額ほどに小さい我が家に帰って来ました。

空港まで迎えに来てくれたエーと一緒に夜のウィッパワディー・ラングシット通りをタクシーの揺れに 身を任せながら、窓外に見える車の群れを見ながら帰ってきた感慨にひたっていました。

いつものように私のザックの中にはタイ語の本が何冊か入っています。

「日本にいるときに時間があればそれを開いて、タイ語を忘れないように勉強してるんだよ」と 私が語ると、友人の多くは「すごい、マジメじゃん。」と口を揃えたように言います。

いやいや、そうじゃなくって──。私がそう言い出そうとして何度も言うのをやめたのを思い出します。

タイはマジメに勉強するのには適さない国だと思っています。社会に流れる空気がそうさせるのでしょうか、 一生懸命に勉強できる国ではありません。

別に学校に毎日行かなくてもいいし、サボろうと思ったら「今日休みますね」と言えば「マイペンライ」と いう明るい声が返ってきます。南の国だから、と言ってしまえばそれまでなんですが。

つまり、それはどれだけタイが好きかということに尽きると私は思います。

もちろん、良いところもあれば悪いところもあります。悪いところをどうこうするといったような難しいことは 抜きにして、どれだけタイに惚れ込むことができるのか、それが私の今のタイ語の勉強の支えになっているような 気がします。

果たして今の自分がどれだけタイに惚れ込んでいるのか、それは私自身にとってもわかることでは ありません。

だけど、外を流れる夜のバンコクの街を見た時にそこか懐かしい思いが頭をよぎることから考えて 私も相当タイに惚れ込んでいるんだなと思い、なんだか学生時代に好きだった女性に久しぶりに 会った思いがしました。

今月中は少しゆっくりしようと思って、9月からまた学校に行きます。

月末までゆっくりできます。

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→ ATM

あることが気になり出すとどうしても知りたくなる性分なので自分でも呆れることがあります。

ここのところずっと気になっていたのが、タイ人が街中にあるATM(現金自動引出し機)で、一回あたり どれくらいお金を引き出しているのかということです。

まさか、たった今お金を下したばかりの人に聞くわけにもいきませんので──今日の夕方、自分がお金を 下したついでにATMの周りに無造作に捨てられている取引明細書を50枚ほど集めて、それを家に 持ち帰りました。

さすがに真昼間からこんなことをする勇気はありませんけどね。

それによると最低額は100バーツ、最高額は3000バーツで、傾向としていちばん多かった金額は 300バーツから500バーツの間です。

ATMのあった場所は私の家から500mほどの所ですので、場所としてはバンコクの下町に相当します。 私を含めての話ですが私の家の周りのタイ人が一日に使うお金は約100バーツから150バーツですので、 それから考えてみると数日間の生活費を一回に下していることがわかります。

今日は火曜日ですので週末まであと3日あります。3日分の生活費としてならば300バーツ前後というのは 納得できる金額です。

おそらく週末近くになると、少しまとまったお金が必要になってもう少し、おそらく500バーツ以上のお金を 一度に下すことは用意に想像できます。

妻や学校の先生に聞いた限りでは、財布の中には100バーツ程度のお金しか入っていません。 落としたり盗難に遭うことを懸念してたくさんのお金を入れないのが普通でして、家に200バーツ程度のお金を しまっておくということもタイ人にとっての日常だと推測できます。

週末になるとタイ人はどれくらいのお金を下すのか。週末になったらもう一度調べてみるつもりでいます。

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→ 妻の妹

朝早くから部屋のドアを叩く音で目がさめました。

予定よりも早く妻が妹を連れて私の部屋に来たのでした。いつも私は腰にタオルを巻いただけの格好で 寝ていますので、あわててズボンを履いて扉を開けました。

それぞれが鞄を1つずつ持って11時間の長旅で疲れた表情を顔を浮かべながら妻と妹は立っています。

「サワッディ・カー、クン・トムヤム」

どういう妹に向かってワイで返礼しながら、田舎で見たときよりもずっと幼く見える妹に少し戸惑いを覚えました。

田舎で会ったときはさすが田舎育ちというか、それが却って回りの雰囲気に溶け込んでいましたが、 バンコクという都会の空気の中で見ると、その田舎臭さが逆に際立って見えてくるのです。

彼女は名前をあだ名をバードと言い、「鳥」という意味です。

2〜3日の間、私の家でゆっくりした後に仕事を探しに行くと少し訛りのあるタイ語で話してくれました。

今日は、妻がバンコクを案内がてら自分の店のある市場までバスに乗って一緒に連れて行きました。 私が家に帰ってきたときには、まだ二人は帰っておらず折りしも降りだしたスコールのせいで少し帰りが遅くなると 電話がありました。

私がふといつも勉強している机の上を見ると田舎から持ってきた学業成績書や学校の卒業証明書が挟んである 紙製のファイルが置いてありました。

それを手にとって眺めてみました。日本の通知表でいう、ほとんどオール5の成績です。

ま、この成績ならすぐに仕事が見つかるだろうな。

そう思いながらまだ雨が降り止まない雨の小道を アパートの窓から見下ろしたら、ちょうど妻が妹を連れて歩いているのが見えました。

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→ タイでの求人状況

学校の勉強もそろそろ終わりにしようかなと思い始め、昨日は日本人向けの求人広告に掲載されていた ある日系企業に話を聞きに行ってきました。

とは言うものの所在地がバンコク市内ではなく長距離バスで2時間かかる、チョンブリー県というとことろです。

最近はタイの経済基盤が安定してきて、タイに住む日本人向けの求人がけっこう増えてきました。

その多くは日本からタイに進出してきた電気製品関係の企業や、コンピュータ関係、IT関連、自動車関係── やはりタイでは人件費が安いですので多くの日本企業がタイに進出してきています。

日系企業がタイに住む日本人に要求するのは、語学力以外に一言で言ってしまえば「タイ人としての感性」 だと思っています。

例えば、日本から派遣されてきた企業駐在員ではタイ人の物の考え方、タイ人としての仕事のやり方に すぐに馴染めるとは決して言えません。それはそれで当然のことでして、それを補う意味で企業が雇いたいのが タイに住む日本人だと思います。

私が昨日訪れた企業では、人事労務関係の部署で雇用しているタイ人の労務管理と財務会計管理の マネージメント的な職種の募集でした。

面接はすべて英語とタイ語で行われ、タイ語が上達するにつれて英語がますます怪しくなってきているのに 恥ずかしくなりながら何とか面接を切り抜けてきました。

しかし。

待遇はそれなりにいいのですが、そこで働くとなるとどうしても引越しをしなければなりません。

そうなると一番困るのはウチのエーです。今の生活基盤をすべて白紙に撤回しないといけませんので やはりチョンブリー県で私が働くと言うのは無理がある気がしてきます。

これからしばらくの間、学校に行ったり会社を探したりの日々が続きます。

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→ 今日も人材登録会社へ

今日も朝からスィーロムにある人材登録会社に行ってきました。

ちょうどスィーロムに勤める会社員でスカイトレインの中は一杯の人で、それを見ますと昔会社に通っていた頃を 思い出します。

着くと、英語のアプリケーションフォームに自分の履歴を書くように言われます。 だいたい記入することは決まっていますので特に問題ありませんが、今日はこの次に英語のテストが ありました。

人材登録をするわけですので本人の語学力を客観的に判断するために試験が必要というのは 当たり前のことですのである程度は予期していましたが、紙に書いた問題に答えるというペーパーテストだとは 想像しませんでした。

だいたい、普通は試験官との面接だけですので、英語のペーパー試験なんていつぶりだろうと思いながら 頭を抱えていました。

その分、タイ語での自己紹介文を書かされたときは思わず拍子抜けを感じるほどでした。

いつも授業の中で「タイの現代社会に潜在する社会問題についてあなたの見解を述べなさい。」などという タイトルでレポートを書く宿題が出ますので、それに比べればすいすいとペンが進みます。

そして最後は英語とタイ語の両方での面接です。

複数の言語での面接でいちばん気をつけなければならないのは、自分の主張に一貫性がなければ いけないということです。つまり、言い換えれば英語であってもタイ語であっても、常に相手に同じ事実を 伝えないといけないということです。

ここのあたりが微妙に厄介なところでして、言葉の言い回しやニュアンスを含めて微妙な言葉のセンスが 要求されます。

英語で言葉が詰まりかけると、日本語ではなく普段話しているタイ語で説明しようとしている自分を省みて、 「自分の母国語はタイ語なの?」と一人はにかみ笑いをしてみたりします。

明日からまた学校です。

帰りにサヤームのカフェに寄って、そこの従業員である以前の私の生徒と話をして 夕方少し早く家に帰ってきました。

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→ 身の安全

バスの中、特に車内後部の方は運転手や車掌の目が届きにくいという理由からスリが多いというのは事実でして このオーストラリア人もたまたま満員のバスの後部の方に立っていたということです。

だけど、私なりに考えてみると確かに盗むほうも悪いけれど盗まれるほうも同じように非があると思っています

特にタイ人から見れば外国人はお金を持っていますので、ついつい出来心でということもあるんでしょう。

それを決して肯定するつもりは毛頭ありませんが、自分の身の安全は自分で守るということを怠っては いけません。

私の場合で語りますと、私は絶対にバスの中で財布を手にしません。乗る前に財布から必要なだけの小銭を 出してそれを手に持っています。バスの中でポケットから財布を取り出すという行為は、周りにいる人に対して 「私の財布はここですよ」とアピールしていることに通じるからです。

また、バス停でバスを待つときは持っている鞄が必ず車道と反対側にくるように持ちます。通りを走っている バイクにそれをひったくられないようにするためです。

さらにザックを背負うときは、「背負う」のではなくできる限り体の前、ちょうど腹の前にくるように手を通して持ちます。 後ろには目が届きませんのでナイフで切られたりするのを防ぐ意味においての自衛策です。 または、肩からかけるバッグの場合は、体と腕を使ってちょうどバッグを挟み込むようにします。

これはタイ人の間では常識的なことでして、逆に注意していないとすぐに目立ってしまい悪意のある輩に 目をつけられてしまう結果を招きます。

例えば、最近の日本人の女の子がよくそうしているように腕を曲げて鞄や買い物袋をぶら下げるような持ち方は 極めて危険です。また、腰にウエストバッグを巻いているのを見ると、そこに貴重品が隠されているのが一目瞭然であり 見ていて危険極まりないというのが本心です。

いちばんいいのは私みたいに貴重品を持ち歩かないことです。

仮に盗まれたとしても大した被害にはなりません。

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→ 妹の新居

私の家にの居候している妻の妹の新居が決まり、今日の夕方に偵察がてら遊びに行ってきました。

典型的なタイの安アパートで、一応は部屋にトイレとべランダがありベランダで洗濯や洗い物が できるようになっています。エアコンはなく、その代わりに角部屋の特権を生かして窓が2つあります。

そして、供えついている家具はといえばダブルベッド1つと鏡台を兼ねた少し大きめの机がひとつです。

タイの安アパートにはこのように家具が付いているのが普通ですので、引越しだからといって 家具を買い揃えたりする必要は全くありません。大家によっては家具代と称して月に300〜500B程度の お金を上乗せして請求するところもありますが、幸いにも妹のアパートではすべて家賃に込みのようです。

そして、持っていく荷物というのが鞄一つ分の洋服だけですので、果たしてこれを引越しというのかどうか 少し頭を抱えてしまうところですが、まあ何はともあれ新居が見つかってほっとしています。

明日以降、ベッドカバーや食器などの生活に必要な物を近くの雑貨屋に買いに行かないといけなく 逆にそれさえ揃ってしまえばすぐにでも新居での生活を始めることができます。

で、肝心の新居はどこかと言えば──。

私の家から歩いて2分もかからないところなのです。どうも、姉である妻の立場からしてみれば 常に自分の目の届くところに妹がいないと心配の種が尽きないようで、それ以外にも病気になったり したときに妹が困らないようにとあえて私の家のすぐ近くに決めたようです。

だけど、私にしてもたまには賑やかなほうがいいし、自分にとっての別荘みたいな感じで もう一つの部屋ができたような感じでうれしく思っています。

ちなみに以前にバンコクに出てきているもう一人の妹もその新居に住むらしく、私の家の周りは 妻の姉妹だらけになりつつあります。

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→ そんな立場じゃないんだけど

本当は今日からではないのですが私が勤める会社にて仕事の引継ぎなどがありますので、 今日は朝から会社に行っていました。

扉を開けて事務所の中に入っていくと「こちらへどうぞ」とばかりに通された所は、 決して個室というわけではありませんが上品なついたてで仕切られた場所に少し大きめの机と椅子があり、 その上にはパソコンが置かれており、目の前の壁にはタイの田舎の風景でしょうか、私が見たこともない 油絵が架けてあります。

そして、机のすぐ脇には大きな観葉植物が一葉置いてあり、さらに花瓶にきれいに生けてあるランの花が 机上のパソコンの上に置いてあります。

どうやら、ここが私の会社での部屋のようなのです。おそるおそる、近くを通りかかった女の子に聞いてみると 「はい、ここがトムヤムさんの机です。何かお飲み物をお持ちしすが、何がよろしいですか?」と いうかしこまった話し方に少し戸惑ってしまいました。

言われたままにその机に座って、パソコンの中をいじくり回してあれこれと調べたり、事務上のドキュメントと パソコン内にあるファイルとを比較照合してみたり。そんなことを半日していましたが、どうもこんな椅子には 座りなれていませんので何かこう落ち着かないんです。

別に私ってそんなに大した日本人じゃないんだよ。だから、いちいち「トムヤムさん」って呼んでくれなくても 「トムヤム」で十分なんだよ。

そんなことを思いながら、私の下で働くことになるタイ人の女の子に話してみても、 まだ多少の緊張感があるのでしょうか、みんな「さん」つけで呼んでくれます。

こんな呼び方をされるとくすぐったくてしかたありません。少なくとも学校の先生ですらそこまでかしこまった 呼び方はしてくれません。

昼過ぎ、会社の帰りに妻の仕事場まで足を伸ばし、夕方になっていっしょにバスに乗って帰ってきました。

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→ 南海上の嵐

今朝のニュースによると、タイ南部のスラーターニー県のタイ湾上に停滞している嵐による影響で サムイ島、パンガン島、タオ島付近の海が大荒れになっています。

中でも最も小さな島であるタオ島には船が6日間近づくこともできない状態になっており、 島内にはたくさんの観光客が取り残されていると報じていました。

そのせいでしょうか、ここバンコクでも昨日から小雨がふったりやんだりのおかしな天気が 続いており、決して暑くはないのですが空気のじめっとした感じが肌に伝わってきます。

夕方、私が家に帰ってきたら妻の妹が私の部屋に遊びに来ていました。

もしも私達が留守であったら部屋に入れないから可哀想だと言って、少し前に妻が 鍵を作ってあげたのです。

ラーメンを見ながらテレビを楽しそうに見ていて、「あ〜、疲れちゃった。明日もう一日行けば 休みなんだぁ。」とまるで私のことを実の兄のように思っているような口調で話しかけてきます。

時にそれは少しイサーン訛りが入ったタイ語であったりしますので、私にとっては少し聞き取りにくい 言葉であることもありますが、その言葉の端々からはバンコクの生活にも少しは慣れてきたと いう余裕みたいなものが伝わってきて、私を安心させてくれます。

私が外にご飯を食べに言ったり本屋に行ったりなどして部屋にいない時に部屋の掃除や トイレ掃除などをしてくれたりして、けっこうやさしい妹です。

たぶん私が何もしないことを妻がよく知っていますので、そのことをこっそり妹に伝えたんだと は思ってはいますが。

妻が帰ってきてから3人でプラトゥーナームにあるスウェンセンにアイスクリームを食べに 行きました。

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→ 街がいつもの状態に

APECが終わって、やっと街に活気が戻ってきました。

以前のような渋滞、排気ガス、塵や埃、屋台だらけで歩きにくい歩道──。 外にいるだけで疲れてしまう街ですが、やはりバンコクはこうでなければいけません。

昨夜は、妻と二人でアヌッサワリのバスターミナル裏にある屋外のビヤガーデンに 行きました。私はビールや酒の類がほとんど飲めませんので一緒に座っているだけなんですけどね。

周りにはビアシン、ビアチャーングなどの各銘柄のビール屋台、ソフトドリンクの屋台、 ビールの肴の屋台などなど、ざっと30ほどの屋台があり、客がテーブルに座るや否や メニューを持ったお姉ちゃんがあちこちの屋台から走ってきてテーブルの周りを囲みます。

つまり、テーブルだけはすべての店の共有スペースとなっているのに対して、客の飲食物の勘定は それぞれの屋台で行いますので、自分の店の飲食物を買ってもらおうとダッシュで注文聞きに 来るわけです。

ですので、少し出遅れてやってきたお姉ちゃんには

「あ、もうさっき頼んじゃった。そんにいっぱい食べれないからごめんね♪」

と丁重に下がってもらうことになります。

すぐ近くには噴水があり、ステージの上ではバンドがタイの最新のヒット曲を演奏しています。 土曜の夜ということもあって、テーブルは8割方埋まっていました。客はぜんぶタイ人です。

私達が頼んだものは、ビールをピッチャー(大サイズ)で1杯、それと海老と春雨の和え物 (ヤムウンセン・クン)全部で210バーツ、それとチップが20バーツです。

そろそろ帰ろうかなと思っていたところ、たまたまそこからバスに乗ろうと通りかかった妻の妹が 私の姿を見つけ、アイスコーヒーを頼んで飲みはじめしたので、帰ってきたのは12時少し前でした。

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→ 初出勤の日

今日から会社です。

いままで学校に行っていたときは、朝の授業がなければ馴染みの屋台でおばちゃんと世間話をしながら 約30分かけてコーヒーを飲み、それからゆっくりご飯を食べるというパターンでしたが、さすがに そこまでゆっくりすることはできません。

朝ご飯もそこそこに、急いで食べてシャワーを浴びて着替えをしました。

ご存知の通り、タイは服装にたいへん厳しい国です。暑いからと行って街を半ズボンで歩くと 田舎物という目で見られるほどですので、会社に行くときもちゃんとそれなりの格好をしないといけません。

さすがに上着を着ていく必要は全くありませんが、できればカッターシャツは長袖の方がいいです。

それはなぜかと言いますと──。私の場合は別にそんなこと気にも止めていませんが、妻を含め多くの タイ人に言わせると

「長袖を着てるっていうことは、一日中エアコンがガンガンに聞いた室内で仕事してるっていうことの 証であり、つまりそれだけ教養がある人であり、かっこいい」

ということになるのだそうです。

さらに私の目から見て、タイ人の男の会社員は色の濃いカッターシャツを着ていることが多いです。

紺、深紫、深紅、濃緑などなど薄い色だと汚れが目立ちやすいからなのか、そのあたりは わかりませんが、私も先日買ってきたばかりの紺色のカッターシャツを着て始めてのタイの会社に行きます。

会社まではバスでたったの10分。渋滞してても20分もあれば着いてしまいますので、 そのあたりはかなり恵まれているほうだと思います。もっとも、そのあたりまで考えて会社を選んだことも 事実ですが。

夕方、学校の先生から電話があり「会社、どうだった?」と聞かれました。

「まだ、慣れないから疲れるけど、そのうちに慣れるよね。あ、今度の土曜日、学校に 遊びに行くね。先生、いるよね?」

2年も通った学校ですので、先生というよりももう友達感覚のノリです。

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→ 妻の悲鳴

今夜、私がご飯を食べた後でベッドに横になりながらくつろいでいた時のこと。

冷蔵庫に入っているジュースを飲みながらテレビのニュース番組を見ていると シャワーを浴びていた妻が悲鳴をあげました。

「チュアイ・ドゥアイ!(助けて!)」

いつもとは少し声の調子が違うことに少しうろたえながらも、私は急いでトイレまで行き 鍵のかかっていない扉を思い切り開けました。

そしたら──。床にうずくまるようにして妻が倒れており、右の手首からは多量とも言える 出血をしており、その血が床に流れたのか床が赤く染まっています。

「どうしたんだっ!?」

「床ですべってころんだのっ!痛いっ!血が、血が、血が──。」

見ると、右の手首の内側(ちょうど脈を量る付近。静脈のあたり)から出血しています。

私は、トイレの入り口近くに置いてある汚れた洗濯物の中からあわてて何でもいいから シャツをつかみ、それを傷口に押し当てて止血しようとしました。そして、すぐに 妻を病院に連れて行かねばなりません。

石鹸だらけになっている妻の体を急いでバスタオルで拭き、その辺にある服を適当に着せて 家のすぐ前でタクシーをつかまえました。

「どこでもいいから、近くの病院に行って!」

運転手はすぐに事態を察知してくれて、この時間ならこの病院がいいと教えてくれ、ある1軒の 私立病院まで走ってくれました。

医師の処方を受けた限りでは骨には異常はなく、また手首の内側を通っている静脈から の出血ではないのであとしばらくすれば出血は完全に収まるだろうと思うが、筋を少し 痛めているようなのでこれから毎日1週間ほどの間、つまり治るまでの間注射に来るように、 との診断です。

骨は大丈夫との話を聞いて少しだけほっとしましたが、それでもやはり心配です。

本当は明日一日だけでも会社を休んでいっしょにいてやりたいと思うのですが、 会社に入って1週間もしないうちに休みの届けを出すのは気がひけますので、 妻には申し訳ないんだけど明日は仕事です。

再びタクシーに乗って家に帰り、痛さのために歩くのも思いならない妻の為に ご飯を買いに行きました。

早く良くなることを願っています。

合掌。

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→ やはりタイの会社

今朝、起き掛けに妻の腕を見たら肩のあたりがかなり腫れていました。気になるので何とか 歩いてすぐ近くにいる妹の家まで連れて行き、妹に看病してもらうように頼んで会社に行きました。

まだ勤めだしてから一週間も経っていませんが、やはりタイの会社だなぁと思うようなことが 多々あります。

私の会社の場合もタイの常識通りに女の社員のほうが多く、みんな朝ご飯かわりの パンや飲み物を持って出勤してきます。しかし、出勤時刻になってちゃんと席に座っているのは 半数ほどしかいません。

女の子が会社に来るのは始業時刻から5分か10分経ってからです。

遅刻しても「渋滞なんだから仕方ないでしょ?」と言わんばかりに、朝ご飯代わりのパンと飲み物を 持って会社に来ます。中には、ポッキーやコアラのマーチなどのお菓子を持って会社にくる女の子もいます。

もう仕事時間だっちゅうに!と思っている私の近くの席で、ごそごそとビニール袋に入った パンを食べながら仕事にかかります。パンを食べ終わった時には、すでに始業の時刻から 45分から1時間経過しています。

11時頃になると、今度は昼ご飯に何を食べようかという話になり、昼までの1時間は ずっとその話です。

昼ご飯を食べるとさすがにまだ何も仕事をやってないことに焦りを感じるようで、 バタバタと仕事をしだします。決まって出てくるのは「どうしてこんなに忙しいのっ?」という セリフでして、急げば急ぐほど間違いをしてくれます。

「あのね。あななたち、ずっと朝遊んでたでしょ?そういうのは忙しいとは呼ばないの。」と 喉元まで出かかっている言葉をぐっとこらえてタイ人の仕事振りを眺めています。

夕方の終業時刻になると「あ〜、疲れた。」というのが女の子の口癖です。

一日、それを眺めながら「こんなふうでいいのかな〜?」と頭を抱えながらも、

「トムヤムさん、あたし、おやつ買いに行くから、トムヤムさん、何が食べたいですか? 一緒に買って来てあげる。」という問いに

「じゃぁねぇ何がいいかなぁ。え〜と、あ、そうだ。セブンイレブンで売ってる19バーツのピザ 買って来てくれる?シーフード味ね。ちゃんとレンジでチンしてきてね。」

と笑いながら答えています。

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→ すべて英語

ずっと毎日タイ語漬けの環境の中に2年間いて、会社で使う言葉がすべて英語であることに 多少の戸惑いを感じています。

慣れの問題もあるのでしょうが、会社での文書を書くときも英語、社外の日本人に文書で 手紙を書くときも英語、もちろん社内での文書もすべて英語です。

この2年間、英語で文書を書く機会などまったくありませんでしたので、英語の単語がさっと 頭に浮かんでこずに「あ〜ぁ、タイ語だったらすぐに書けるのになぁ。どうしてタイ語じゃダメなんだろう。」と 何度も愚痴をこぼしています。

基本的に英語で書かないといけないという理由は、一言で言ってしまえば日本人とタイ人の 両方にわかるようにという配慮からです。それ以外にも会社には欧米人が勤務していますので 彼らが読んでわかるようにという意味で、結局のところは共通語のような意味あいで英語で 書かないといけないわけです。

もちろん、仕事上の話でタイ人と1対1で話すときは別に英語でなくてタイ語であっても一向に 差し支えありませんが、そこにタイ語がわからない人が一人でもいればそのときの言葉は英語に なります。

ですので、例えば私ともう一人の日本人、そして欧米人という3人で話をする場合、 日本人同士の会話であっても傍にいる欧米人がわかるようにということから英語で話さないと いけません。

タイ語であればほとんど考えることなく用を足せますが、英語になると自分の話したい単語を 思い出すまでに約3秒もかかることがあり、すっかり英語を忘れちゃったなぁと思うことしきりです。

またある時は、自分が話す英語の中に知らず知らずのうちに無意識にタイ語が混ざることも あります。

一般にタイ人が話す英語はタイ語訛りがきつく、英単語が持つアクセントなど無視した発音ですので 英語を母国語としない人がそれを聞いた場合、果たして何を言おうとしているのか大変苦労します。

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→ 後期の始まり

タイの学校では前期末の試験休みが10月に終わり、後期の授業が始まった11月初めから また朝夕、バスの中で学生や生徒の姿を多く見かけるようになりました。

または、私が朝、屋台でコーヒーを飲んでいるときに、ぴたっとアイロンがかかった新品同様の 制服姿の中学生や高校生が親に向かって「行ってきます。」という意味のワイをしている姿を よく目にします。

そして、小学生の場合はふつう親が学校まで送っていきます。教科書を入れた大きなリュックを背負い、 親にて手を引かれながらまだ乾ききっていないシャワーしたばかりの濡れた髪のまま学校に 歩いて行く、まはたバイクタクシーの後部にまたがっている姿はなかなかかわいいです。

タイの小学校の特徴を一言で表すとすると、それは道徳の授業にたいへん力を入れていると いうことが言えます。言い換えれば「修身」の授業ということでしょうか、人と接するときの 礼儀作法、王族・親・先生に対する畏敬の念、タイの古来の文化を徹底的に教わります。

それだからでしょうか、私から見てタイの子供はたいへん礼儀正しいと思います。

それは言葉の端々にも顕著に表れていて、例えば男の子が私に何か尋ねるときは必ず語尾に 「クラップ」という言葉をつけて話します。女の子の場合は「カ」です。 (いずれも、日本語でいう「です」「ます」に相当することばであり、タイ語における丁寧語のひとつ)

また、英語の授業も日本に比べて充実しているようです。これは知人である学校の先生に 聞いた話ですがタイの小学校では1年生から英語の授業があり、ヒアリングが非常に重視されていると いうことです。ちょうど、赤ん坊が言葉を覚えるのと同じ理屈なのでしょうか、日本のような 詰め込み式の受験英語ではなくちゃんと生きた生の英語を教えているといっていいと思います。

学年末になると小学校1年生であろうとも試験があり、それに落第すると追試があり、 それでもさらに落第すると次の学年に上がることができません。学年末はタイの子供がいちばん マジメに勉強する時期だと言われています。

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→ 後期の始まり

どういうわけか数日前から右足の甲、ちょうど足の踝の下のあたりが痛くて歩くことはできますが 座ったり立ったりして足に急激な負担がかかるようなことをすると痛みが走ります。 そして、足の甲が少し赤く腫れています。

タイに来てから今まで一度たりともこんなことになったことがなく、昨夜はとうとうその痛みの 影響でしょうか微熱を覚えるまでになってしまい、これは大変とばかりに今日は午後から 家の近所にあるクリニックに行ってきました。

朝、私が会社に行く前に「今日、午後から医者に行ってくるよ」と話したところ

「きっとね、医者はトムヤムの足の腫れてるところをメスで切って中の悪い部分を取り除いて もと通りにちゃんと縫ってくれるよ。この前、あたしが手首を怪我したときもそうだったもん。 大丈夫、あたしが付いていってあげるから。」

と言っています。

別に付いて来てくれなくてもいいから、できればそういう荒治療はしてほしくないのです。

せめてレントゲンを撮って痛み止めの薬をくれるとか、湿布薬をくれるとかそういうのを 私としては望んでいるんですが。

私の家の近くのソイ(小道)の中に10軒ほど密集しているクリニックの中の1軒を選び 中に入って行きます。受付にいた女の子に事情を話し、パスポートを見せてカルテを作ってもらい 待つこと10分、診察室にいる医師の前の椅子に座りました。

「たぶん、虫か何かに噛まれたんだと思いますよ。」

先生はそう言いながらおもむろに虫眼鏡を取り出し、私の足の腫れている部分を念入りに 何度も観察しました。でも、いくら観察しても虫に噛まれた痕が見つかりません。 数日前から痛みがありますので、もしも虫に噛まれたのだとしても もう既に傷は閉口してしまったのかもしれません。

お尻に痛み止めの注射を打ち、さらに飲み薬3種類を処方してもらうことになり、しばらく これで様子を見ましょうということになりました。近く日本に行きますので日本の医者に行くことも できますが、私は今は日本での健康保険がありませんので10割負担になってしまい、 その金額はじかに私のタイでの家計を圧迫します。ですので、できることなら日本では絶対に 医者に行きたくないのです。

今日かかったお金は全部で90バーツでした。注射して薬を処方してもらってこの金額ですので やはりタイ人向けのクリニックは安いです。私立の病院でこれと同じ処方を行ったと仮定すると 5000バーツはぶっ飛びます。その差は50倍以上です。

タイ語しか通じない医者に行くと、当然のことですがタイ語だけで自分の症状を的確に伝え 医師の話すことを間違いなく聞き取らないといけませんので、決して大それた会話はしていないものの タイ語がすごく上達したような錯覚に陥ります。

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→ 会社での一日

タイの会社で仕事に就いてそろそろ1か月になります。

タイの会社独特のだらけた雰囲気にもだんだん慣れてきて初めての給与をもらった今日、 果たしてたったこれだけの仕事なのにタイ人の何倍もある給与をもらってもいいのかな、と 思ってしまいました。

私は日本にいたときソフトウェア開発の会社に勤めていましたので、アクセスなどのDBソフトを 使って簡単なプログラムを片手間程度に作ることができます。今の会社で私が携わっている 仕事のデータをきちんと正規化して自分がちょこちょこっと作ったプログラムにあてはめれば 今までタイ人が一日がかりでしていたことがたったの1時間で出来てしまいます。

そうなると残りの時間はまったくの暇な時間になってしまうわけでして、たまに書く社外向けの 英文の書類作成の手間を除けばまったくすることがありません。

その英文の書類ですら「明日までに作っておいてね」という厳しい物ではなくって 「来週の終わりくらいまでにお願い。」という程度ですので、あまりにもそれを急いで作ってしまうと 後ですることがなくなってしまいますので、後のお楽しみに取っておかないといけません。

今日は昼前からずっとインターネットで遊んでいました。それに飽きるとソファに置いてある日経新聞を 読んでみたり、または知人宛にメールを書いてみたり。

日本国内にある普通の会社の仕事量を10とするならば、私が勤務しているタイの会社の 仕事量は多めに見積もっても2か3といったところです。そのせいでストレスの「ス」の字も感じることなく これでは会社に遊びに行っているようなものです。

それに頭を抱えながらも、まぁここはタイだからそれでいいのかも知れないなとも思っています。

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→ タイで仕事に就くということ

日本を離れて異国の地タイで仕事に就くにあたって何が必要なのかを考えてみます。

ざっくばらんに言ってしまうと、それは何もタイに限定されたことではなく日本国内の企業に 中途入社として仕事に就くことと極めて似ています。つまり、その人が持っている特技── 言い換えるならば人より秀でている者をいくつ持っているかということです。

例えば、工場での現場責任者または工場長の経験がある、コンピュータに対しての人以上の 詳しい知識がある、会計面からの企業分析ができるなどなど何でも構いません。

すでに知られている通り、タイは農業国であると同時に機械部品、自動車部品といった パーツを生産している国としても有名です。工場の多くはアユッタヤー、チョンブリーなどの バンコク近郊の県に密集しておりまして、それら工場の多くが日本人現地採用者を募集しています。

語学ということで語れば、タイ語と英語は必須です。会社での公用語はほとんどの場合が英語ですので 別にタイ語を知らなくてもいいと思いがちですが、タイ人に何か指示を出すときやタイ人あてにちょっとした 文章を書くときはどうしても英語よりもタイ語です。仮にそのタイ人が英語を読むことが出来ない人であれば こちらがタイ語を知っていない限り意思疎通は全くできません。

レベルとしては、最低でもポーホックのレベルと言いたいところですが、実際にはそれだけでは確実に 不自由します。少なくともモー6のレベルまたはタイの雑誌が辞書なしで読みこなせるほどのタイ語の 力が必要です。

では仮にタイ語がずば抜けて出来れば英語がおろそかでもいいのかというとそうではなく、 少なくとも日本の高校レベルの英会話力と英作文力が要求されます。会社に欧米人の社員が いたり、必要に応じて欧米人の顧客と話をしなければいけなかったりというように英語で事をすますシーンは いくらでもあります。

もっとも、これには異論もあって英語だけで何とかなっているという話も聞きますが、やはり私の場合は それでは満足できません。所詮、タイ語がわからない「お客さん」にしか過ぎないと私は考えます。

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→ 自分の運

昨日、タイで仕事に就くにあたって知識・語学力が大切だと述べましたが、それはあくまでも 二次的な物にしか過ぎないと思っています。それよりももっともっと大切なこと── それは「運がいいか悪いか」ということに尽きると私は考えます。

例えば、自分が仕事探しをしているときに運良く自分を招いてくれる企業がなければ いくら知識や語学力があろうとも仕事に就くことは不可能です。自分が望んでいるタイ国内の 企業がその時期に人材募集をしていなければ求人の募集を目にすることもないでしょうし、 それはタイの景気に大きく左右されることだと思います。

そういう意味では自分が生まれついて持っている「運」をただひたすらに結果論として論じるのではなく 自分で自分の運を大きくするということ、まさしくそれがタイで生きていくための「ずうずうしさ」であり 「世渡り」であり、結局のところはそれが「実力」だと信じています。

そして、それは古代中国思想である「事を起こすときの三つの要素」、つまり「天の時、地の利、 人の和」に通じるところがあるのではないかとさえ思います。

バンコク市内には外国人相手のリクルート会社がいくつかあります。そこで自分の名前を 登録しておくことにより、自分にあう企業が見つかった場合はそのリクルート会社がその企業を 紹介してくれる仕組みになっており、場合によっては半年以上かかるようですが少なくとも 最低賃金である4万Bの報酬は保障されており、それなりにきちんとした企業が多いようです。

それとは反対に、タイを紹介する各種書籍の中には仕事探しの手段として、バンコク市内で 無料で発行されている日本語フリーペーパーの中の求人欄を利用するという記述が なされているのをよく見ますが私個人として語れば、それは決して賢い方法ではないことを断言します。

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→ 家での暗黙の了解

どこの家でも家族が一緒に生活するにあたっての暗黙の了解事項というか、 生活パターンというか─罫線そういうのがありますよね。

私の家の場合はおおよそ次の通りです。

朝6時半──私が起きる時間です。目覚し時計が枕もとに置いてありますのでそれが発する デジタル音で目覚めます。妻はまだ寝ています。

起きたらすぐに市場まで飼っているウサギの餌を買いに行きます。 そして、市場の帰りに屋台でコーヒーを1杯飲みます。

7時10分──私が部屋に帰ってくると妻が起きていて、ベッドの上で横になってテレビを 見ています。それを横目に見ながら私は先にシャワーを浴びます。

7時半──私は会社に行くために家を出ます。妻は着替えて部屋の中を掃除し始めて います。妻はその後1時間くらいかけて掃除をし、その後で洗濯をして朝10時ごろ家を 出て行きます。

夕方7時──私が家に帰ってきます。妻はまだ帰っていませんので、一人で夕飯を食べに 行きます。または、時々は家に帰るときに道草をして外で食べてから帰ってきます。

7時半──だいたい、この時間に妻から電話があり「今日はだいたい何時ごろに家に着くから。」 と話してきます。私は、何か買ってきてほしいものがあれば妻に電話で頼みます。 (アイスコーヒーだとかペットボトルのコーラだとか水だとか。自分じゃ面倒だから買いに行かないのです。)

夜10時ごろ──妻が帰ってきます。家の近くの屋台で買って来たおかずとご飯を皿にあけて すぎに夕飯を食べ始めます。私は夕飯は既に済んでいますので、その脇にすわっておかずを つまみ食いしながら、今日あったことを話したりまたは妻から今日の出来事を聞いたりします。

夜11時――私がシャワーを浴びます。妻はテレビが大好きなので一人でテレビドラマに夢中です。

夜11時半──私はベッドに横になります。早く寝ないと朝がつらいんです。私が部屋の電気を 消すと、妻はあきらめたようにテレビのスイッチを切り、自分もシャワーを浴びに行きます。

そのシャワーの音を聞きながら横になって目を瞑っているとすぐに眠くなってきてしまい、 時には妻がシャワーを浴び終わる前にもう既に爆睡していることもあるみたいです。

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→ 大学の卒業式

今日は会社のすぐ近くにある大学で卒業式がありました。

タイでは日本と違って大学の卒業式は6月がシーズンでして、中にはその大学のように 中途半端な時期に卒業式を行う大学もあります。

国立大学の場合は、卒業証書授与の際に国王が卒業生一人一人に対して自ら卒業証書を 授与なさいますので、国王のご執務の都合により必ずしも6月に行われるとは限りませんが、 今日卒業式があったのは私立大学です。どうしてこんな時期に卒業式なのか、ちょっとわかりませんでした。

それはさておき。

タイでの大学の卒業式というと、もうそれは一家総出の晴れ舞台でして卒業する学生の親族郎党が 一段となって卒業式に臨みます。大学周辺の通りには、贈答用の花を売る屋台、長い棒の先についた 学生の卒業姿をあしらったぬいぐるみを売る屋台があちこちに出ており、みんなきれいに着飾って 歩いており、なかなかに華やいだ雰囲気なのです。

そして、式が終わったキャンパス内では、三々五々記念撮影をしておりどこの家族も子息の晴れ姿を 祝っている姿が見受けられます。

タイは確かに日本以上の学歴社会ですからそれも十分に頷けますが、私から見れば少し奇異に 映ることもあります。例えば、ウチの会社でもときどき「明日は親戚の誰々が卒業なので会社を休みます。」 という届が私の机の上に置いてあることがあったりします。

でも、逆の考え方をすれば、大学にまで進学できるのはそれなりに家庭が裕福でなければならない わけですので、それはそれでタイの中流〜上流社会の考え方なのかも知れないとも思ったりします。

なお、「大学卒業」「修士課程修了」「博士課程修了」という言葉はタイ語では各々 「パリンヤー・トリー」「パリンヤー・トォー」「パリンヤー・エーク」と言い、いずれもサンサクリット語から 来た言葉です。

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→ ウチの会社の女の子

ウチの会社は日系企業ですので、社内には私を含めて日本人数人がいます。

日本人同士で名前を呼ぶときは、ごく普通に相手のことを「山田さん」などと いうようにごく普通に日本語で呼んでいて、同様にタイ人を呼ぶときも苗字の代わりに チュー・レン(親に命名してもらうあだ名のこと)に日本語の「さん」をつけて呼んでいます。

例えば、チュー・レンがジェウであれば「ジェウさん」という具合です。

日本語的に考えれば、この「さん」という言葉は相手に対する敬称の表現の一つであるわけですが、 会社の女の子は自分のことを話す時にもこの「さん」という敬称表現をつけて話を しちゃっています。

例えば、「ノック」(仮名)という子がいるとします。私が彼女に話しかけます。

私「ノックさん、これ2部コピーしてくれる?」
ノ「ごめんなさい。今からノックさん、外にお使いに行くから後からでもいいですか?」

あるいは、別のシチュエーションで・・・私が朝バスに乗っているときに携帯電話が鳴ります。

私「ハロー。」
ノ「ハロー。ノックさんですけど。今日、ノックさん体調が悪いから一日休ませてください。」

いったい誰が教えたのか、または意味を間違えて捉えてしまいずっとそのままになっているのか わかりませんが、いまだにこの自分のことを「さん」づけで呼ぶことには慣れていません。

先だって、他の日系の企業に勤める日本人がお客さんとしてウチの会社に来たときに、 やはりそのお客さんに対して自分のことを名乗る際に「私はノックさんです。」と話していました。

果たしてこれでいいんだろうかと思いながらも、まあ女の子のことだからそれが愛嬌になって 却っていいのかななどとも思っていますが、時としてちょっと調子が狂うこともあります。

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→ 仏暦2546年という1年

街中に出て行くと人ばかりで、どこに行くにも息苦しさを感じますので今日は一日家で ゆっくりしていました。妻も、さすがに年末だけはゆっくりしたいようで、実家に帰る31日までは 仕事を休むことに決めました。

思い返してみるとこの1年、私にとっては今までにないほど忙しい年だったような気がします。 言い換えるならば、それだけ自分にとって充実していた1年であるのかも知れません。

おととしの10月から勉強しはじめたタイ語を今年の10月までずっと勉強しつづけ、 7月にタイ人の妻と結婚して、そして年末近くになって結構というか、かなりいい待遇で 日系の企業にマネージャークラスの役職として仕事に就くことができました。

それが成功であるのか失敗であるのか、それは今の私では簡単に結論づけることはできませんが 少なくとも失敗でなかったことだけは自信を持ってそう言えます。タイ語を通じてますますタイの 深みにはまりつつあり、それとは反対にまるで薄皮をはぐようにして日本のことを忘れつつあると 言っても決して過言ではないような気がします。

今年は全部で3回、日本に帰りました。その度ごとに、日本っていいなあと思うと同時に、 タイで暮らしている妻のことが心配になったのも事実です。まさか大きな病気をしているとも 思えませんが、少なくとも日本から5000キロの彼方にいる妻のことが気がかりで毎日電話していました。

毎朝食べる暖かいご飯と味噌汁の朝飯を旨いなぁと感じると同時に、私が好きなカイヤーングと もち米の朝飯が恋しかったのも嘘ではありません。

今、こうしてこの1年を振り返りながらあれこれと考えてみると、やはりつらいこともあったけど それなりにタイという国に私の生活基盤が根付きはじめていると思います。それも、ひとつには 妻の力添えがあったからだと信じています。

そんなことを知ってか知らずか、夕方昼寝から起きた妻は「何が食べたい?」と私に聞いた後で 晩飯のおかずを買いに近くに市場まで出かけて行きました。

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→ 南国の大晦日

今年で3度目のバンコクでの年越しです。

タイと日本の時差は2時間あり、日本がちょうど新年に変わる瞬間はタイではまだ夜の10時です。

ウチはNHKが映りませんので今年の紅白がどうなっただとか、そういうことはさっぱりわかりませんが その代わりにテレビで放送されているバンコク各地のカウントダウンイベントでのコンサートを さっきまでベッドの上に裸で横になって見ていました。今の気温は24度です。

先ほど、学校の先生といっしょにご飯を食べて帰ってくるときにプラトゥーナームの交差点を バスで通りかかったら、そこのカウントダウンイベント会場は早くもすごい人出でした。

私などはそのあまりの人ごみに躊躇してしまいますがタイ人にとってはそんなことお構いなしのようで 身動きが全くとれないほどの群集の中でお祭り騒ぎを楽しんでいます。近くには、しっかりと ジュース屋台が陣取っていました。

今、私の家の周りでも近所に住んでいるタイ人がスピーカーから大音量の音楽をガンガンに流して 酒を飲んで踊って大騒ぎしています。この大騒ぎは朝まで続き、今夜だけはその騒音に 悩まされることになりますが、これも例年のことです。

日本とはずいぶん違った南国の大晦日。

日本のような厳粛さ、あるいは荘厳さというものは微塵も感じられなく、これが南国の カラッとした雰囲気なのかなぁなどとも思ったりしてみます。

妻は夕方、実家に帰りました。今日から約1週間、ずっと一人暮らしです。

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→ 歯医者

昨年の年末から歯が痛くて、会社の近くの歯医者に足しげく通っています。

外国で歯医者と言うと、いったい何をどう治療されるか不安で――なんていうことは全然なく 一応、私が診てもらっている女の先生は英語が話せますので(普通、医者は英語が話せる)、 「お医者さんと話すタイ語会話 初級編」を持っていかなくても済んでいます。

タイの歯医者の仕組みも日本と同じようなもので、初回だけはほとんどの場合が急患扱いに なりますので予約はいっさい必要ありません。そして、2回目から以降は予約診察ということに なります。

あえて違うことと言えば、患者一人あたりの診療時間がとても長いということです。 日本の場合長くても30分でしょうか、そもそも1回あたりの処置が少ないと思うのですが、タイの歯医者の 場合はそうではなく、私の経験で言うと1時間を越える診療もざらにあります。

今日など、麻酔をしての虫歯治療でしたので麻酔が効いているうちにその虫歯の周辺の 歯の表面をきれにしちゃえ!とばかりに、最長の1時間半の診療でした。さすがにこれだけの時間、 ずっと口を開いたままでいると疲れますが。

途中でトイレに行きたくなり、診療中に「先生、トイレ〜。」と言って、2回もトイレに行きました。

肝心の治療費の方はというと。

このあたりはオフィス街でして、患者の多くが会社員でみんなそれなりに小金持ちだからでしょうか、 少し高めですが、院内がきれいで設備も最新なのでまぁそんなものかなとも思っています。

虫歯1本あたりの単価が決まっているようで、虫歯1本が500バーツ(1500円)だそうです。 何か、そこらの屋台でスイカを1個買って来るんじゃないからそういう値段のつけ方をされると 妙に戸惑ってしまいます。(虫歯の程度には関係ないらしい。)

今日は、虫歯の治療のほかに歯の掃除もしましたので、財布の中のお金が足りずに 「明日、足りない分を持ってくるね♪」と受付の女の子に飛びっきりの笑顔で言い訳して帰って きました。

(会社の女の子に聞いてみたら、相場は虫歯1本400バーツらしいです。彼女もやはりそういう 虫歯1本という数え方をしていました。どうもタイではそれが普通のようです。)

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→ ちょっと嬉しかったこと

今、私の会社で新入社員を募集していることを知った妻の親戚の女の子が、今日、私の会社に 面接にきました。

彼女は市内の某大学の学生で、雇われ店員の仕事をしながら学部に通っています。実際には試験の ときだけ大学に行くだけですが、それでも自分が店員をしながら稼いだわずかばかりのお金で 大学に通っているわけです。

その彼女が、私の妻に付き添われて面接にきました。いつもとは様子が違って緊張しているのが私にも わかり、大丈夫だから――と励ましてやるものの、実際に面接しなければならない私にとっては少し心配 でもありました。

面接が始まり、彼女は私が心配した通りあがってしまったようで、彼女が話す英語が全然流暢ではなく 私のほかの日本人とのやりとりも今ひとつ間があいてしまい、案の定彼女は不合格となりました。 それは、会社としての見解ですので私としてもしかたのないことであり、それをそのまま事実として彼女に 伝えなければなりません。

私が家に着くと、妻と彼女がベッドの上に座っており、彼女は泣いていました。

「トムヤム、ごめんね。私、あがっちゃって全然ダメだった。私、不合格だよね。本当にごめんね。」

彼女は私の顔を下から見上げて、そう言うのが精一杯のようでした。

「うん、でも、きっとノーング、緊張しちゃったんだろ?ボクにもわかったもん。今回はダメだったけど、 いい経験になったじゃない。ほらほら、顔を拭いてご飯を食べにいこうよ。おなか減ってるだろ?」

(私は、年下である彼女のことをノーング(=妹)と呼ぶ。)

私に「ごめんね」と言い、私の言葉を聞いたことで少し気がおさまったのか、妻が手にしているハンカチで 顔をぬぐいながら彼女は首を縦に振りました。私は少し安心し、ふと枕もとに置いてある小さな鉢植えの木が 目が止まりました。その近くにはカードが置いてあり、私はすぐに彼女がそれを持ってきてくれたのだと 察しました。

「トムヤムさん、、エー、新年おめでとうございます。お二人がいつまでもお幸せにこのタイで暮らせ、 幸せがたくさん舞い込みますように。そして、トムヤムさん、エー、いつもいつも私たちノーングのことを 見守っていてください。」

カードにはそう書いてあり、妻が彼女をなぐさめながらそっと私に微笑みました。

そうだよな。今日は確かに残念な結果になっちゃったけど今度もしも会社に面接に行く機会があったら 今日のことを踏み台にして頑張ればいいんだよ。ノーングだったらきっとできるよ。だって、ノーング、 こんなにボクたちのことを気遣ってくれる優しい女の子じゃない。すくなくとも、ボクとエーはそう信じてる、本当に。

彼女は私のその心がわかったかのようにやっといつもの笑顔に戻り、私に向かって「ありがとう」の意味で ワイをしてくれました。彼女にとってはちょっとつらい一日でしたが、私はそのことでむしろ人の心の暖かさに 触れたような気がしました。

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→ 日本人駐在員の住む家

ちょっとした頼まれごとで、近くバンコクに住むことになる日本人駐在員と一緒に、彼が住む 家を探しに行きました。

日本人駐在員のほとんどが居住しているのは、市内中心部東よりにあるスクムウィット地区と 呼ばれるところでして、その平均価格は6万B程度――3寝室、居間、キッチン、3トイレ、メイド部屋、 そしてプール、ジムなどの体育施設というようにおよそ考えられるものは何でもついています。

確かに住むには便利なんだろうけど、私から見ればとても住みたいと思う場所ではありません。 まわりにいるのは日本人を含めた外国人ばかり、屋台は何にもないし全然バンコクの匂いが 感じられない場所だと思っているからです。

車で迎えにきた不動産屋に連れられ、あらかじめ選んであった数軒を周りながら

「ジャグジーのバスタブのここのところが欠けてるから、交換してくれるのか」
「子供がすべると危ないから、床のフローリングを買えてほしい」
「NHKが映るのか」

などなどと、私から見れば何を細かいことをうだうだと言ってるんだ?と思うほどの頭の痛くなることを いつまででも話しています。

私の家にはNHKもないし、プールもなければ日本人もいません。そもそも、タイでのアパート探しなんて 炎天下ただひたすらに歩き回って自分の足で探すものだと思っていますので、私にとってはこのアパート 探しは苦痛以外の何物でもありません。もちろんその時はタイ語なんてわかりませんから、ただただ 英語で交渉して訳のわかんないままに契約書にサインするものだと考えています。

家が見つからなければ自分の住む場所がないことを意味しますので、2年半前の私は必死になって アパートを探しました。今、こうして不動産屋と周りながら楽して家捜ししている一人の日本人を見ながら 「あのなぁ」と文句のひとつもつぶやきたくなってしまいます。

夕方、家の近くのバス停でバスを降り、ソイの入り口にある屋台で飯を食べようと椅子に座ったら 馴染みの屋台の兄ちゃんが既に先客でいて、「今、帰りなの?」と声をかけてきました。

確かに今の私の家は日本人駐在員の家に比べたらとてもお粗末な物ですが、タイ人の暖かさを このように肌で感じることのできる場所であり、「ボクと妻にとってははこの家で十分なんだよな」と 思ったのでした。

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→ タイでのチップ

欧米諸国とは違ってタイには基本的にチップの習慣はありません。

ところが、レストランや高級ホテルではそこで働く者にとって都合のいい欧米諸国のチップの習慣を 取り入れてしまい、今のタイではそういう店に限って言えばチップが不可欠になっています。

もっともそれ以外にも、レストランやホテルを利用できるほどのお金持ちがそこで下働きをしている 人にお金をくれてもいいでしょ?というタイらしい発想があるとは思うものの、チップを置いた方がいいのかな と判断に迷うことがよくあります。

私の場合は基本的にエアコンの効いたレストランでは、勘定のとき20バーツ札1枚をチップとして渡します。 お釣の中に5バーツ程度の小銭があれば、それも受け取らずに店員が持ってくるトレイに乗せたままにします。 店員は私がチップを置くのを確認するかのように、私がお釣を財布にしまうのを見届けるまでその場を 離れようとしません。ですので、暗にチップを要求していることがこちらにも伝わってきて、「あ、この店は チップがいるんだな」といいうことがわかるんです。

でも、それとは逆に店員がお釣を持ってきてその場をすぐに離れてしまう場合もあります。

私が時々行く日本食屋がそれにあたりますが、「コップンカー」と言いながらお釣を渡してくれた後、 すぐに厨房の方に行ってしまうのです。私がそこにチップを置いたとしても私が去った後に机の上に置いてある そのチップを受け取るわけでして、むしろチップを期待していないからその場を離れてしまうのかななどとも 思えてきてしまうのです。ですので、その店では私は一切チップを置きません。

レストラン以外で述べますとタクシーの支払いの場合もチップが必要です。正確に言うと運転手が お釣の端数を勝手にチップにしてしまい、つまりお釣をくれないことがよくあります。そこから考えて 普通、タクシーの場合は10バーツ未満の金額は切り上げて支払います。

例えば金額が63バーツだったとします。この場合、3バーツを10バーツに切り上げて全部で70バーツ支払うという意味です。 あるいは65バーツでも構いません。こちらがチップ込みのつもりでで70バーツを支払うと、お釣を全然くれないか または5バーツのお釣をくれるかどちらかです。たまに、きちんと7バーツのお釣をきっちりとくれる運転手がいて 逆にこちらが混乱するときもありますが。

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→ 運転手付の車

今日はちょっとした会社の用事があって、午後からずっと外出でした。

私の頭の中では外出すると言えば会社のお金でタクシーに乗って、というのが常識なのですが 「あ、ボクの車、使っていいよ。トムヤム君、運転手の顔、知ってたよね?」 という日本人駐在員のの一言で、予期もぜずにいきなり運転手付きの車を与えられました。

とは言うものの、今まで運転手付きの車なんて乗ったことがありません。やはり自分の方が立場が 上だからあまりにもかしこまった話し方をしたら変なのかななどとも考えてしまいます。

運転手の携帯電話に電話して、車を会社前のロータリーまで廻してもらうように指示します。 待つこと約5分、見覚えのある色黒の運転手が人懐っこい笑みを浮かべながら私にワイを しているのが見えました。

車の中では、彼は自分には高校生になる娘がいること、運転手家業を続けて約10年になることを おもしろおかしく話してくれます。彼の使用人である日本人があまりタイ語を話せないこともあってか、 ほとんど話をすることもなく乗っているのに対して、私がそれとは反対にあれこれと話をしかけるものだから 逆にそれに少し戸惑っているようにも見えました。

目的地に着けば、私を玄関前で降ろしてくれたあと、私の用事が終わるまで駐車場で待っています。 それが仕事だとは言え、じっと待っているのも大変だよなぁと思いながら私は「ありがとう。お疲れ様。」と ねぎらいの言葉をかけてあげます。

最後に会社にもどってきたときに、別にあげる必要はないのですが私は財布から20B札1枚を取り出して それをチップとして彼にあげました。彼の給料がいったいいくらなのか、それは私が知る由もありませんが 私よりも少ないのは事実です。お金のある人がない人に喜捨するというのがタイでのあたりまえの 考えとして今まで生活してきましたので、他の日本人がどうしているのかを考えることなく私はそうしました。

それにしても、やはり私は運転手を持てるような身分ではないと思っていますので、慣れないことを すると疲れます。お金を払ってでもいいからせめてタクシー程度の方が自分に合っているような気がします。

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→ まだまだわからないことが

毎日タイ様式で生活していて、おおよそのことはわかっているつもりなのですが、 やはり時にはまだまだ修行がぜんぜん足りないと思うことがあります。

今、私はタイの下町に住んでおり、今のアパートもそろそろ2年半になろうとしているのでそんなに 遠くないところに引越しすることを考えています。一応、それなりに泳げるプールがあるアパートなどと 思っており、昼間に妻が知人の伝で何処かいいところはないかと探しているところです。

それにあたっては、前もって1か月前に管理人に伝えておかなければならずそれを怠っていきなり 退去すると、入居したときに預けた保証金が戻ってきません。ですので、それを伝えるために 妻と一緒に管理人室に行き、妻がこう言いました。

「あのぅ――もしかしたら今月末に引っ越すかもしれないからそれを言いに来たの。今、新しいアパートを 探してるんだけどね。もしも見つかったら今月末に引っ越して、見つからなかったらここにいるね。」

こういう「もしかしたら」の場合はっていうことでもちゃんとした退去通知になるの?

妻に聞いてみると、「だって、引っ越すって言っちゃってからもしもアパートが見つからなかったらどうするの?」

私は答えに詰まり、物事を白黒はっきりさせない思いっきりグレーの部分が多いタイの社会構造に 思いを馳せざるを得ませんでした。

アパートの管理人も特に気にする様子もなく、「じゃ、もしかしたら引っ越すってことにしておくね」と そのことを紙に書き留め、それで終わりでした。

後で褄に聞いてみると、どうやらタイではそういうのが普通のようで保証金がどうのこうのとあまり真剣に 考えなくてもいいということがわかりました。

もしも適当なアパートがなかったらどのあたりで妥協すればいいのかな、などと考えていた私の頭に 風穴が開いたように感じた一瞬でした。

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→ 会社近くのカフェ屋台

つい最近に、会社のすぐ近くに屋台のカフェができました。

1品何でも10バーツ――コーヒー、紅茶、ココア、イチゴミルク、メロンミルク、ミルク紅茶、フルーツジュース。 私はコーヒーが好きなのでいつもコーヒーしか頼みませんが、すぐ近くにあるちょっとしたキャンティーンのような ところには、屋台とは思えないほどの上品なテーブルと椅子が置いてあり、その隣には椰子の木が植えられていて とても10バーツの屋台だとは思えません。

思えば、日本にいるときは、私が朝寝坊ということもその理由の一つではありますが、毎朝時間ぎりぎりに起きて 会社の始業時刻少し前に駅に着く列車に飛び乗り、駅を降りたら会社まで早足で歩いていくという毎日でした。 列車が5分でも遅れたら会社まで走っていくことを余儀なくされたものです。

それに比べたら、今のこの会社勤めはぜいたく極まりない生活だと思えてきて、会社への出勤前に椰子の木を 眺めながらコーヒーを飲んでいる自分が時に奇異に思われることがあります。今日は何か急ぎで作る書類があったっけ、 だとか今日は急ぎの仕事がないから一日ゆっくりできるな、などなどとぼーっとしています。

少なくとも3年前の自分からは想像もできないほどの生活になってしまいました。

最近は会社にもすっかり慣れてきて、少しくらいの遅刻だったら全くのマイペンライであるということを体感として覚え、 まあ正直なところ少しくらいなら遅れて机に座ることもあります。10分や15分の遅刻ならすべて「渋滞」の一言で 片付れちゃうのです。

こんな生活に浸りきってしまうと、さすがにもう日本じゃ仕事に就くことができないなぁと思いながら、 果たして自分にとってそういうことがあるのだろうかとも考え、そこまで考えたときにどうにもわからなくなってしまい それ以上深く考えるのをやめてしまうというのも決して嘘ではありません。

それは私が悪いのではなく、タイに流れるエーテルのような甘い空気のせいだと思っています。

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→ 健康診断

今日は新しい日本人駐在員の付き添いで、市内で一番の高級とされているバムルングラート病院まで 健康診断に行ってきました。

タイで日本人が働く際にはワーキングパミット(労働許可証)が必要であり、その申請のためにはタイ国内の 医師による健康診断書が必要となります。

病院でする検査といえば身長、体重、視力、血圧の各検査と医師による簡単な問診だけでして 特に大したこともないのですが、ここはタイ――それらはすべて英語またはタイ語で行われます。

初めての人にとってはまずその窓口に辿り着くだけでも大変なことですので私が一緒に付き添いで行った というわけです。

いくら私が付き添いでいると言ってもさすがに診察室まで一緒に入っていくつもりは全くありません。 子供を谷に突き落とすライオンのような心境にもなりながら待合椅子に座っていると先生に呼ばれました。

「○○さん、こちらに来てください。」

それは紛れもない日本語です。そうでした、ここには日本語を話せる医師がちゃんと常駐していることを すっかり忘れていました。タイの医師の多くは海外への留学経験がありますので、英語や日本語が堪能な 医師が多いというわけです。

しばらくして診察室から出てきた本人の話によれば、医師との問診はすべて日本語で行われここは本当に タイなのかと思ってしまうほどの拍子抜けした雰囲気だったと言います。

それもそのはず、それなりにしっかりとぼったくり料金が設定されています。さすがにそんなことまでは ピカピカの駐在員一年生には話せませんけどね。

帰りに病院2階にあるマクドナルドでコーヒーを飲んで帰ってきました。ここの病院はホテルと見間違うほどに レストランやカフェが多数テナントとして入っており、特に用事がなくても休憩代わりに遊びに行くことが できます。

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→ 会社の慰安旅行

まだ先の話ですが、ウチの会社で慰安旅行に行くことになりました。

行き先の候補としては
  1. バスで行ける程度のところ、1泊2日
  2. 風光明媚で自然がたくさんあるところ
  3. できたら、象に乗れること
  4. みんな思い思いに楽しめるところ
これらすべての条件を満たしてる場所ということで、行き先はタイ西部のカーンチャナブリーに 決まりました。

バンコクから2〜3時間、そんなに遠いところではないし川もあるし有名な橋もあるし 水上レストランもあります。象にのれるかどうかはちょっとわかりませんが、ウチのタイ人スタッフに聞いてみると 以前に乗ったことがあると言っていますのでおそらく乗れるのでしょう。

タイの会社が一般にこのように福利厚生の一環として慰安旅行を実施しているのかどうか 定かではありませんが、ウチは結構マメにこのような催しがあります。

行き先が決まったところで見積りを取ったり、カーンチャナブリーにはどんな名所があるかなどについて 別にタイ人スタッフにやらせてもいいのですが個人的に結構そういうことを調べるのが好きなので タイ語で書かれたカーンチャナブリーの本を本屋で探してきて読み始めました。

(エリア別観光ガイドでも言うのでしょうか、1つの県で1冊の本になっていますので大変細かい情報まで 掲載されています。)

カーンチャナブリーは以前に行ったことがあり、私個人的に言えば目新しいということもないですが 映画「戦場にかける橋」で一躍有名になったクウェー川鉄橋の下の川での魚釣りが好きなのです。

あるいは、山奥にある滝壷で水着になって泳ぐのもいいかもしれません。

いずれにしても、たぶん私の妻も一緒に行くでしょうから釣竿を2本持っていくことになりそうです。

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→ 朝の洗濯

私の家では洗濯をするのは妻の仕事です。

私が洗濯すると妻は嫌がるのですが、昨日から妻が実家に 帰っていますので私が一週間の汚れた衣類を洗濯しないといけません。

我が家には洗濯機などという文明の利器はありませんので、まずたらいに水を張ってそこに衣類をぶち込んで 洗剤を投入してしばらく浸しておくということから始まります。

しばらくして衣類を1枚ずつ出してベランダに広げ、上からブラシでゴシゴシ擦ってそれが済んだら今度は 水で何度もすすぐという何とも原始的な洗濯なのですが、べランダにラジオを置いて音楽をかけて、 短パン1丁になってそんなことをしているとこれはこれで結構楽しいのです。

慣れない私が洗濯すると、たまには色の濃い衣類が色落ちしてしまってその代わりに白いTシャツがピンクの Tシャツになったりしちゃいますけどね。

それにしてもなんとなく、妻が洗濯機を買うのを嫌がるのがわかるような気がします。

手でゴシゴシと洗いながら時々疲れてベランダから外を眺めぼーっとして、ほとんど裸に近い格好ですから 外の風が直接肌にあたってなかなか気持ちがいいのです。妻にとっては洗濯が水遊びに近い感覚であるというのも 十分に頷けます。

そんなことを思いながら私と妻の衣類――下着から外着まで全部洗いました。旦那が妻の下着を洗っているというのも あんまりサマにならないなとは思うものの、結構自分ってマメなんだなとと思えたりします。

気合を入れて全部洗い終わるまでに約2時間半。

少し汗をかいた肌にギラギラの太陽が直接あたり、少し痛いほどに感じた土曜日の朝でした。

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→ タイ人価格と外国人価格

タイ東部に位置するチャーング島で入島料と称してタイ人からは1人20バーツ、外国人からはその10倍の 200バーツを徴収することになりました。

タイが観光国あることから考えて、そういった二重価格はある程度やむを得ないということができると思いますが、 一般的な外国人価格がタイ人の2〜3倍であることから考えるといささかボッタくりすぎではないかとも思います。

リゾートとして外国人を多く呼び込むことができるため、島に遊びに来た外国人からお金を徴収すれば 多くの外貨を獲得できるという寸断でしょうが、逆に私から見ればそのことが客足を遠のける原因になるのではないかとさえ 思えます。

タイ政府は(昔からそうですが)このような将来的な見地に立った政策が極めて苦手でして、目の前にぶら下がった ニンジンをパクリと咥えてしまう政策が大得意です。つまり、いつも行き当たりばったり、先のことを全然考えていないのです。

ただ、二重価格そのものについてはタイでは極めて一般的な考え方です。

レストランで、英語のメニューとタイ語のメニューというように2種類のメニューがある場合、英語メニューに書かれている 値段の方が高かったり、政府所有物であって政府またはタイ文化庁が管理している遺跡公園などでも堂々と二重価格に なっています。あるいは、街中のトゥクトゥクの運ちゃんは慣れない外国人と見るやいなやタイ人相場の2倍以上の値段を 言ってきます。

それらすべてを二重価格という言葉でくくっていいのかどうか私には結論付けることはできませんが、 タイに根ざすテラワーダ仏教の教えに似ていなくもないと思えます。つまり、お金持ちがお金を持っていない人に対して 喜捨をするという考え方です。飛行機に乗ってタイに遊びに来ることの出来るほどのお金持ちなんだから、 少しはお金を恵んでください、という一種の物乞いの思想に似て非なる物だと思います。

高いお金を払わされる外国人の目から見れば決して愉快なことではないということを私も認めますが、 その反面でそれはタイという国またはタイ人にとって欠くことのできない必要悪であるとも思っています。

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→ 1億円の小切手

タイでは企業間のお金のやりとりには日本とは違って銀行振込ではなくて小切手によることが一般的です。

今日は邦貨に換算して約1億円の小切手を銀行に受取りに行き、その足で別の銀行に行って その銀行に開設してあるウチの会社の口座に入金してくるというように、まぁ別にそんなに難しいことではないので 経理の女の子に行ってもらってもいいのですが、何分にも金額が大きいです。安全のことも考えて運転手付きの 会社の車で銀行めぐりをしました。

一般に小切手には安全面を重視する意味で、以下のことが施されています。

「現金化できない小切手であるのが普通。受取人が所有している口座に対してのみお金が支払われる。」

つまり、仮に私が小切手盗難に合い第三者の手に渡ってしまったとしても、その第三者は小切手と交換に 現金を受け取ることができず、お金はあくまでもウチの銀行口座に対してのみ支払われる、という意味です。 この機能を持たせた小切手であることを示すために小切手の券面にA/P Pay Onlyという赤いスタンプが 押してあります。もちろん、この場合、関係者である私ですらも小切手を現金化することはできません。

逆に、このスタンプが押してない小切手というのは現金化できる小切手であることを意味し、極めて危険です。

普通はこのような現金化できる小切手を切りません。私の場合は、以前数回会社からこの種の小切手で 給与をもらったことがあり、その小切手を持って銀行に現金化しに行っていましたが、それなりに気を遣うものです。 もっとも金額が少ないですので緊張するまでには至りませんけれどね。

銀行で小切手を受け取るまでに待つこと15分。これが約1億円の小切手かとしげしげと眺め 持ってきた鞄のいちばん奥底にしまったのでした。この金額をそのままタイの物価にあてはめて考えてみると 約4億円ということになります。

その場で運転手に電話して、車を銀行のすぐ前につけてもらい、もう一つの銀行に行きました。

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→ タイのゴールデンウイーク

タイでは明日4月6日がチャクリー王朝記念日で祝日、来週4月13日から15日までがソングラーンで同じく祝日、 その前後や間にある土曜や日曜を含めると2週間のうちで半分くらいが休みになります。さしずめ、タイのゴールデンウイークと 形容すればよいのでしょうか、休みの谷間である今日の月曜は朝の渋滞もそんなにひどくはなく、通勤するバスの中は サバーイ・サバーイでした。

今日はちょっとしたことでサートーン地区にある銀行に行く用事があって、昼前に会社を出て車で銀行に 行きました。普段だったら軽く1時間はかかる道のりですが今日は渋滞もなくたったの10分で着いてしまいます。

あ、こりゃ早く用事が済みそうで帰りにちょっとファーストフードで休憩して帰ろうかなぁなどと思っていたところ これが大間違いでした。銀行にはいつもの職員数の半分くらいしか職員がいなく、しかもお客さんの方はと言えば 休み続きになるのでふだんの2倍くらいの数、つまりは職員1人に対して普段の4倍のお客さんを受けている計算になります。

いくら銀行といえどもタイ人の仕事ぶりののんびりさと充分に知っている私は、何となく嫌な予感がしたのです。 その予感は見事にあたり、Cash orderを切ってもらい、そしてそれとは別に新品の小切手帳を2冊発行してもらう だけで何と2時間もかかりました。

途中で何度も窓口に行って「まだですか?」と聞いてはみたものの、店員がご飯を食べに行っちゃったらしくて 私がそのことを頼んだ窓口はもぬけの殻、いらいらを通り越して眠くなってきちゃいました。

腹が減ったので近くにあるファーストフードでハンバーガーを買ってきて銀行の椅子に座って食べました。

ここはタイ、たったこれだけの用事を済ますだけでもなかなかに事がうまく運ばないということを再認識しつつも 「だからタイなんだよな」と思いながら、果たして今日の私は何をしてたんだろうと疑問に頭をかかえるのでした。

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→ 土砂降りの雨

今朝、バンコクではすごいスコールがありました。普通この時期、雨季の始めでこれだけのスコールは あまり降らないように思います。

傘を持っていかないと絶対にずぶ濡れになるよなぁ――とアパートの玄関を出ましたが、そもそも私の 家には傘がありません。それで2年半の間過ごしてきましたので、120%スコールがやってくると思いながらも そのまま家を出るしかないのです。

案の定、バスに乗っているときに土砂降りになりました。雷がピカっと光ってからその1秒後にゴロゴロゴローッと音が していますので雷が真上にいるんでしょう、道路はたったの5分で水深15センチの川になります。

開けっ放しのバスのドアからは、バス停で肩を寄せ合うようにして多くのタイ人が雨宿りをしているのが見え 誰一人として傘を持っていないことに少なからず共感を覚えるのです。

私が降りるバス停で、思い切ってバスを降りてオフィスビルの入り口まで猛ダッシュです。その時間、約3秒。 決して5秒は経っていませんが、パンツの中までビタビタのヌレネズミになってしまいました。

会社にあった雑巾もどきのタオルで頭を拭き、服を脱いでトイレにある手洗い乾燥機で濡れた服を乾かします。 掃除のおばちゃんに「ピアック・モットルァーィ」とからかわれてしまうのです。

私の家は比較的会社から近いのでさほど渋滞の影響はありませんでしたが、遠くに住んでいるタイ人スタッフが 会社に出てきたのは昼近くになってから。

渋滞や雨で遅刻した場合は、私の会社では別に届を出さなくてもいいことになっています。

雨がやんだ後の今日のバンコクは暑くもなく、かと言って涼しすぎることもなくサバーイな気候です。

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→ ある食事の席上で思ったこと

昨日は私の会社の一人の駐在員一家の歓迎の意味での食事会がありました。

みんな日本人ばかりだからという私の勝手な思いから、妻を連れて行こうかどうしようか 少し考えたのですが、妻の「私も旨い物が食べたい!」の一言で一緒に連れて行くことにしました。

みんなそれぞれにおなかがいっぱいになる頃に場の雰囲気が和んできて、それを見計らったかの ように妻が駐在員夫人に話し掛けるのですが、在タイ3年の人であっても妻が話すことをほとんど 聞き取ることができず、ほとんど会話になりません。逆に、妻もほとんど日本語がわかりませんので 人のことをとやかく言うことはできないのですが。

結局、駐在員同士、駐在員夫人同士、そして私と妻というように自然にグループが分かれて しまいました。それは少し残念ではありますが、それでもまぁ妻が私の会社に勤務している 日本人仲間を知ることができたと思ってくれたのは私にとって嬉しかったことのひとつです。

ただ、ずっと今までタイ人社会の中で過ごしてきた私にとってますますバンコクの日本人社会が 陳腐な物に見えてきたことは否定できません。

日本のビデオを借りられる店はどことどこ、日本語が通じる美容院はどこ、○○幼稚園の園長先生 (日本人)は少しきつい感じだけど他にどこか日本人が経営してるいい幼稚園はないかしら―― どうしてそれほどまでに日本人同士でなきゃならないわけ?と思いながら私は次第に不快感させ 覚えてきたのでした。

それは何も言葉がわかるとかわからないとかそういった次元の話ではありません。

「そもそもそんなふうにいつも日本人同士でつるんでるから何もできないんだよ! 幼稚園児じゃないんだからさ。」

ということばが口から出そうになったほどです。そして、やはりバンコクの日本人社会という物が ひとつのムラ社会であると思えるのです。

私にとってはこれからもずっとその中に身を置くことはないと思います。バンコクに来てまで 日本人の中で生きて行くのであれば日本に帰ったほうがよほどましです。

夜、シャワーを浴びてすぐに寝てしまった妻の横顔を見ながら私はそう思ったのでした。

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→ 仕事の依頼

嬉しいことに最近立て続けに会社以外で仕事の依頼が舞い込んでくる状態になり、 これ以上増えたらとても私一人ではこなせないという状態にまでなってしまいました。

仕事の多くはバンコク市内の新聞社に勤めている私の生徒が持ってくるものであり、 最近では、某インターネット会社のプロモーション広告の日本語訳一式、某病院の サービスカタログ翻訳一式、新聞掲載広告を日本語WORDで作成などなど。

そして、今日持ってきてくれた仕事は、日本から頭髪の植毛のために渡タイしてくる 一人の日本人男性の通訳をするという仕事です。専門的な医学用語は何も知りませんが まぁそれほど詳しい知識がなくても勤まりそうな感じなので思い切って引き受けることにしました。

それにしても、タイ人が仕事を持ってきてくれるときはいつもながらにギリギリの時間で 持ってきてくれます。私の場合ほとんどが翻訳仕事であるため、元原稿の読み返し時間や 完成原稿の推敲のために最低でも1週間の時間がほしいところであるのに、 いつもだいたいA4サイズ10枚程度の原稿に対して5日程度の時間しかありません。 会社から帰ってきて夜なべ仕事で翻訳するのはなかなかに体力的に疲れるものが あるのです。

しかし、そのように贅沢を言ってみるもののそれが結構いい収入になるのは本当の話です。 一般にバンコク市内の翻訳業者に翻訳を頼んだ場合、英語から日本語の場合A4用紙1枚 あたり700B前後の費用がかかります。私はそれよりももう少し安い値段をつけていますが それでも分量がA4用紙10枚になると結構まとまったお金になってきます。

一番厄介なのは英語からタイ語、またはタイ語から英語の翻訳です。いずれも私にとっては 母国語ではありませんので一番時間がかかるパターンとなってしまいます。

それに比べれば今度の日本人の男の人のために医者に一緒についていく通訳というのは 割と楽な仕事の部類に入るのかもしれません。

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→ 非文化的な生活